予期せぬ神経症遺伝子

2005年10月30日

最新のネイチャー誌のインターネット版によると、酸化ストレス代謝(oxidative stress metabolism)に関わる2つの酵素の活動を強めると、普通は落ち着いたネズミが”臆病ネズミ”に変わるとソーク研究所から発表された。

ネズミの脳でグリオキサラーゼ1(glyoxalase 1)あるいはグルタチオン・リダクターゼ1(glutathione reductase 1)の表現を増加させると、普段はリラックスしているネズミが激しく不安な状態になった。既にビクビクしているネズミは更に激しい不安を示した。又、グリオキサラーゼを抑制するとその反対の効果も観測した。

「現段階では神経症を引き起こす遺伝子については殆ど分っていません。我々が人間の神経症発症に関わるであろうと判断した遺伝子は17個あります。しかしどれ1つとして実際に不安を起こす証明はされていません」と論文の著者であるアイリス・ハバッタ氏は言う。彼はこの研究当時はソーク遺伝子研究所( Salk's Laboratory of Genetics)で博士課程終了後の研究をしていた。

「神経症には遺伝子が大いに絡んでいるので、遺伝子で神経症を治す可能性があるのです」とソーク研究所のインダー・バーマ氏は言う。

研究チームは17個の候補の中でグリオキサラーゼ1(glyoxalase 1)とグルタチオン・リダクターゼ1に興味を注いだ。理由は両酵素とも同じ代謝経路に属するからである。過日、トルコで行われた研究で、重症の神経症患者では酸化ストレスマーカーのレベルが高いのが分っている。「不安のレベルと酸化ストレス代謝はお互いに関連しているかも知れない。しかし今の所、どう言うメカニズムかは分らない」とハバッタ氏は言う。

他の心の病と同様、恐怖、不安は多くの遺伝子に影響されている。たった一つの遺伝子の調節が狂って、不安の連鎖が止まらなくなると言うことはない。だから神経症の遺伝子探しは大変難しい。

この研究を進める上で、研究者は互いに不安のレベルが違う幾つかの血統のネズミを近親交配させて作り出した。神経症者と同じように、不安気質ネズミは慣れない環境での光景や音にパニック発作を起こす。他のリラックスしたネズミと違って、臆病なネズミは新奇な物に挑戦しないし、ひらけた場所を嫌う。

個々の遺伝子を調べるのでなく、マイクロアレー(microarray)と呼ばれる技術を使って脳の特定の場所の約10,000個の遺伝子の活動形態を同時に測定した。このやり方だと、リラックスしたネズミと神経症ネズミの遺伝子を調べて、両者に違いのある遺伝子を大量に探し出す事が出来る。

マイクロアレー分析を更に特化する為に、脳の中でも不安と恐怖に関係する部分だけにしぼった。例えば扁桃体、神経核(bed nucleus of the stria terminalis)、帯状回、海馬、 視床下部、中脳水道周囲灰白質(central peri-aqueductal grey)、下垂体(pituitary gland)等である。

「10,000の遺伝子の中から僅か17の遺伝子が、強く不安のレベルに結びついていたのを知って大変驚いている。その内半分が酵素であり、誰でも考えるような神経伝達物質ではありません」とソーク遺伝子研究所の助教授であり論文の著者であるキャロリー・バーロー氏は言う

今まで心の病の研究では、神経伝達物質に関わる遺伝子が調べられたが、未だ十分納得出来る成果が出ていない。「だから我々は神経伝達物質に囚われない方法を敢えて取ったのです」とバーロー氏は説明する。

今、ハバッタ氏は発見された遺伝子が人間の神経症とどう結びつくかを調べようとしている。「ネズミを使った不安の神経生物学を研究するのは大変面白い。不安行動の背景には、どんな細胞レベルでのメカニズムが働いているかが分かります。しかし我々が最も望んでいるのは人間の神経症遺伝子の発見なのです。未だ実現は先の話ですが、将来は治療に結びつくと考えています」と彼女は言う。



脳科学ニュース・インデックスへ