私も実は完璧主義の傾向がある。以前絵を描いていて、何かの拍子に筆が飛んでおかしな線を描いてしまった事を今でも思い出す。 友達のクリスマスパーティーにケーキを持って行った時など、運悪く届ける前にケーキを潰してしまった事があったが、その後数日間、その不愉快な出来事が頭から離れなかった。その他、取るに足らない事例が時々浮かび上がって来ては私の生活にブレーキをかける。
完璧主義は時々鬱状態を引き起こす。出版社は私が将来本を一冊書くのではと期待しているが、私の書く本が出版社の意向に添わないと分かった時、私の失望は想像以上で、「本はもう一生書く事はないだろう。私はやっぱりだめだったのだ」と自分を責め始める。出版社の意向は全然違うのに、自分の非と取ってしまう。これが完璧主義で、完璧主義は、若い頃から始まる。
トーマス・カランとアンドリュー・ヒルズは、メタアナリシスと言う分析手法を用いて、1989年から2016年まで、アメリカ、イギリス、カナダの学部学生の完璧主義の状況を調べた。その結果、完璧主義が社会に次第に広まっているのが分かった。特に、1990年代や2000年代の始めに比べて現在の数は明らかに多い。「今は、5人の内3人が完璧主義者で、伝染病のように広まっている」とウェストバージニア大学のカティー・ラスマッセンは言う。
完璧主義は、生きて行く上で人を困難にさせる。間違いをしても、誤りを認め、それを少なくする努力で物事は改善して行くが、失敗を最初からなくそうとするとそれは出来ない。
「完璧主義は成功を難しくさせるばかりか、心の病と関係がある。例えば、鬱、不安症、自傷行為、対人恐怖、広場恐怖症、強迫行為、摂食障害、PTSD、慢性疲労症、不眠、ごみ屋敷問題、自殺等と密接に関係している。完璧主義以外に、これほど心の病に関係する性向は見当たらない。
「完璧主義が強いほど心の病を発症しやすい」とオーストラリア、パースにあるカーティン大学の上級研究員のサラ・イーガンは言う。
今まで社会は完璧主義を余り真剣に考えてもいなかった。就職面接で、貴方の性格で困ったものはと聞かれて、完璧主義と答えても格別悪い印象を与えなかった。
厄介なのは非適応型完璧主義で、彼らの目的は既に妄想の段階に入っている。不可能な目的を追求するものだから、自分に不満を募らせ自己嫌悪に至る。適応型完璧主義の人は自制力があり、自分に対して優しいので自分を追い詰める事がない。
ある中国人学生を対象にした調査では、成績の良い学生は比較的適応型完璧主義者が多かったのに対して、成績がそれほどではない学生にや不適応型完璧主義が多く見られた。
現実を無視した理想を求め、妥協を許さないと自己嫌悪、自殺念慮ににつながりかねない。2016年に実施された、燃え尽き症候群に関するメタアナリシスでは、
非適応型完璧主義者に際立って多く燃え尽き症候群が多かった。
では、 何故 社会に完璧主義を認める風潮があるのか。 「我々が60余りの研究を調査した結果、 完璧主義に何も良い事はなかった。頑張る、 熱心、信念は成功への基本条件であっても、完璧主義者では病気の症状になってしまう。完璧主義は、心の病癖と考えたらよろしい 」とヨーク・セイント・ジョーン大学のヒルは言う。
社会で成功する人は、完璧主義を押し通している分けではない。自分に優しく、人にも優しく、同じ高い目標を設定しても無理がない。完璧主義とは一見仕事熱心に見えるが、実は自分の内から聞こえてくる声を聞いている状態なのだ。
あるテストの結果思わしくない成績だった学生が、「ちょっとがっかりしたが、まあしょうがない。来期に賭けよう」と言えば彼女は健康であるが、「自分はダメだ。将来は暗い。敗残者だ」と言ったら非妥協性の完璧主義者である。
完璧主義者の内なる声は人により違う。私の場合は独特であるから人は直ぐ分かる。例えば、私は今、”完璧主義”についての文章を書いていると同僚に言うと、彼は直ぐ、笑いを意味する絵文字を添付してEメールの返事を遣す。
簡単に、完璧主義者とそうでない人を区別出来ないが、しばらく付き合っていると気づく。健康な人では、問題が起きても上手く交わすが、完璧主義者では激しく揺さぶられる。海は凪いでいるのに揺れる船、少しの風を風速30mに感じてしまう船に相当する。これでは、とても難しい問題に取り組めない。
ヒルは、完璧主義者と非完璧主義者を2つのグループに分けて、ゲームをしてもらった。努力が必要とされるゲームであるが、それには仕掛けがあって、どんなに努力をしても成功しないように出来ている。両グループとも努力をしたが、どちらのグループが先に諦めたか。「完璧主義者のグループが先に諦めたのです。彼らは感情が乱れ、罪の意識に苛まれ、ゲームから早めの離脱してしまった」 とヒルは言う。
私が子供の頃は、運動が苦手で途中で止める傾向があった。運動を始める時に最初から上手くしようとするから、上手くならないのは当然であった。特に人が見ている時がダメだった。研究では、10歳位から人前での演技に過剰な不安を感じる子供がいると言う。
完璧主義者では最初から上手く演技をしようとして、人前での演技の失敗を恥とする。無理な話で、それなら何をしても成功しない。
WHOの報告によると、心の病で苦しんでいる若い人の数が増えている。アメリカ、カナダ、イギリスでは、10年前より鬱、不安、自殺念慮を訴える若者の増加がはっきりしている。完璧主義は鬱、不安、ストレスと密接に結びついているから、注意する必要がある。完璧主義者は自分を強く批判し、落ち込み、鬱状態になり、鬱状態は延々と同じ思考を繰り返すして悪循環にはまる。
完璧主義は心の病の温床になっても、必ずしも心の病の原因にはならない。例えば、対人恐怖の学生は完璧主義に陥りやすいが、完璧主義が対人恐怖を起こしている分けではない。
完璧主義が危険なのは、自殺の原因に成り得るからだ。自殺と完璧主義の関係を調べた最近の研究によると、完璧主義者はより自殺を考えている。 抑うつに完璧主義が重なると、落ち込みが更に激しくなる。完璧主義の白黒をつける物の考え方は、失敗をより悲劇的にし、自殺を正当化する。また、アルコールに救いを求め、過食に走る者もいる。そのため、完璧主義者の寿命は短い。
「完璧主義者は、常時ストレス下にあると言って良い。 仕事をしても働き中毒になり易く、適当に休憩を入れる事を忘れる」とゴードン・フレットは言う。彼は完璧主義を30年以上研究していて、完璧主義を計るものさしを考案し、その物差しは標準として世界で使われている。
カランとヒルが行ったメタアナリシスによる分析では、アメリカ、イギリス、カナダの学部学生40,000人を長期間に渡って調べた結果、1989年から2016年までの間に、完璧主義が32%増加している。気になるのは精神病の増加と一致している点だとカランは言う。
カランの報告は今までの報告と矛盾していない。2015年に実施された、郊外に住む成績の良い学生を調べた別の調査でも、完璧主義の増加が目立った。チェコで行われた、数学が抜群の青少年を対象にした10年に渡る調査でも、同じ結果が出ている。
イーガンは摂食障害の患者の治療をしているが、彼女もその傾向を見ている。「摂食障害の患者も年々若くなっていて、7歳とか8歳の子供もいる。彼らも完璧主義者です」と彼女は言う。
この増加の原因として挙げられるのは、社会の圧力であろう。完璧主義者は、自分の価値は物事の達成で決まると思い込む。一般に人を理解する簡単な方法として、住んでいる家、車、ローンの種類で判断しようとする。あるいは服装、体形、外観を見るかも知れない。 結局この世の中、仕事が全てであり、政府が生活保護の予算を削っている折、傾向は更に強まることだろうとカランは言う。
一方、競争は学校時代から始まっている。標準テスト、大学入試で、子供は小さい頃から試験で追われる。親も子供に自分と同じ苦しみをさせないように、子供に良い成績を期待する。「親の要求がきつければ、子供は親の目を気にしながら生きる事になる。当然成績上げる事、失敗を防ぐことに集中して、そこに完璧主義が入り込む」とカランは言う。
完璧主義の一部は親からの遺伝かも知れないが、多くは社会が原因になっている。何故なら遺伝子が原因なら、最近これだけ増える理由を説明出来ない。子供が完璧主義にならないためには、親自身が完璧主義にならないことと、子供に十分な愛情を注ぐことであると専門家は言う。
「子供に対しては良くやった、その努力を誇りに思うと言うべきだ。不完全こそが世の中の事実であり、完全はあり得ない。親に愛されるために、完全になる必要はないと子供に言うべきだ」と分析に加わったラスマッセンは言う。
社会も完璧主義の人が仕事に成功するような思い込みがあるので、治療は簡単ではない。患者も治療の場では自分に優しくと言うが、いざ現場に戻ると元に戻ってしまう。
「抑うつや不安なら症状を持ち続けたいなんて誰も思わないが、完璧主義の場合、本人はそれに誇りをもっている節がある。完璧主義のおかげで、これだけ仕事が出来たと言う人もいる」とイーガンは言う。
彼女は患者にそれは正しくないと言う。もし患者が、自分の家に仕事を持ち帰って3時間すると言ったら、それはやめなさいと指導する。止めると、むしろ仕事の能率が上がって本人も驚く。仕事を家にまで持ち帰る生き方は不健全なのである。
私自身もこの経験をしている。ある日、余り仕事をやり過ぎて疲れ果ててしまった。私の目標が、現実離れしたもので、幻想に近いものだった。
私は自分の完璧主義を改善するために、先ず他人の間違いを非難しないと決めた。次に、自分の間違いも問い詰めないよう努力した。自分を責めないで自分を許すと、何か自由になったように感じるのが不思議だ。
「自分の解放なのです。不完全を認め、敢えて過ちを祝福する。完璧主義を実行するなんて土台馬鹿げているのです」とラスマッセンは言う。
脳科学ニュース・インデックスへ