産後の鬱新薬

2021年7月13日
BY TARA LAW
TIME Health


アメリカでは大体7人に一人の割合で、産後の鬱を経験する。症状として無力感、赤ちゃんに愛情が感じられない、自殺念慮等が挙げられる。慢性になると、子供の成長にも影響するし、社会的にも年間1兆4千億円の負担になっている。

にも関わらず産後の鬱に苦しむ女性の多くが治療を受けていない。現在広く行われている抗鬱剤と心理療法では、時間と費用がかかる割には効果がはっきりしない。今の所、アメリカ食品薬品局が2019年に認めた薬としてブレクサノロンがあるが、特定の医療施設だけに限られているため一般には入手が難しい。

今年の6月30日、ズラノロンの呼ばれる新薬がSAGE Therapeutics社から発表された。この薬が許可されると、ブレクサノロンより入手しやすくなり、産後の鬱の治療ばかりでなく、女性のホルモン変化により生じる他の心の病気の治療への期待が高まる。

JAMA Psychiatry誌によると、151人の産後の鬱を経験した人に対してズラノロンを投与した所、統計的に十分満足できる鬱の改善が見られた。このテストでは、ハミルトン鬱指数で最低26の患者にズラノロンと偽薬を投与して調べた。結果はズラノロンを投与されたグループでは偽薬グループより指数で6.9ポイント改善していた。

ズラノロンはブレクサノロンと同じく脳のGABA受容体に働く。ブレクサノロンでは静脈注射するために医療施設に2日半宿泊するが、その費用が340万円と言う大変な金額になる。ズラノロンの価格は未だ明らかになっていないが、自宅で薬が飲める事、2週間で終わる事で患者の負担が軽くなった。

ズラノロンの試験の責任者であるデリジアニディスは、「ズラノロンは口から服用するが、それでもブレクサノロンのように効果が早く現れた。被験者の中には3日で鬱の改善が見られた人もいた」と言う。

ノースカロライナ大学のクリスタル・シラーも、ズラノロンの試験成績に満足している。「ブレクサノロンとズラノロンが今まで研究して来た成果なのです」とシラーは言う。それでもSAGEが政府に許可申請をするまでには、母乳で子育てをする女性に投与して、安全を確かめる必要がある。

ブレクサノロンが認められる前は、わずかに抗鬱剤だけが治療に使われていた。SSRIと呼ばれる薬で、この薬は産後の鬱の改善として政府に認められているわけではない。SSRIの難しさは、むかつき、頭痛、眠気等の副作用があり、効果が出るまでに時間がかかる事だ。

「産後の鬱の研究は今まで大変遅れていた。アメリカ国立衛生研究所の研究でも、メスのネズミを使うことがなかったほどだ。妊娠女性に薬を与える危険性、倫理的な問題で前進出来なかったのです」とジョーンホプキンス女性心の病気センターのローレン・オズボーン氏は言う。

産後の鬱は、妊娠と出産に伴うホルモン変化により起きると考えられている。この薬ができれば、生理前に起きる心の問題、閉経時の心の問題、子宮摘出術後の心の問題にも取り組むことが出来る。

「女性は男性に比べて鬱に陥るリスクは高い。そんな時に効果的な薬が出て来るのは大変喜ばしい」とシラーは言う。

しかし、薬物だけでは問題を解決出来ない。現状のSSRIと心理療法は費用が高すぎて経済的困難を抱えている女性には無理だ。2018年のWomen’s Health Issues誌の調査では、2014年にお産をして鬱と診断された女性の内、個人で保険に加入していた人でも29%は治療を受けてなかった。貧困家庭を補助するメディケードでは46%もの人が受けてない。

「産後の鬱の治療の難しさは、医療へのアクセスと費用が挙げられる。単に婦人科医にかかるのでは、薬を処方してそれだけになってしまう」とコロンビア大学メディカルセンターのキャサリン・モンクは言う。



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