産後の鬱新薬

2023年8月4日

鬱の治療はまず薬の選択から始まるが、現状では試行錯誤で選ぶしかなく、最適な薬に到達するのに数週間から数か月かかり患者には負担になる。 女性の 20%が経験すると言われる産後の鬱も、今までは適当な薬がなかった。

2023年8月4日アメリカ食品薬品局は、”ズラノロン”と言う新しい薬を産後の鬱治療薬として許可した。この薬はマサチューセッツに本拠を置くセージ・セラピューティック社が開発した飲み薬で、14日間飲み続ける。

「産後の鬱については長い間解決がなかったが、最近突破する薬が出て来たのはうれしい」とメリーランド大学のサマンサ・ラトレは言う。

セージ・セラピューティック社はズラノロンの申請に当たって、産後の鬱と一般鬱の両方の治療で申請したが、食品薬品局は産後の鬱にだけ許可して一般鬱は許可しなかった。理由は​、一般鬱患者数百人​の試験で、効果は早めに現れたが長続き​せず、​​​試験の終わりころにはほとんど​の人が元の状態に戻って​しまった​からだ。

​ズラノロン​は飲み始めて2週間後に統計上十分意味のある効果が現れ、停止した後も1か月は効果が持続した。現状の抗鬱剤では効果が現れるまでに数か月かかる​が、​ズラノロン​では3日後に効果が現れた女性もい​る。

産後の鬱は本人ばかりでなく赤ちゃんにも影響する。
「薬は気持ちを回復する重要な手段だ。自分を取り戻せば赤ちゃんの神経発達障害も予防できる」とズッカーヒルサイド病院のクリスチーナ・デリジアニディスは言う。

ズラノロンは脳内のGABA-A受容体に働きかける。GABA-A受容体は脳を落ち着かせる役割をする。産後の鬱ではこの受容体の働きが鈍っていて、お産で変化したホルモン分泌で起きるストレスを上手く処理できない。ズラノロンは GABA-A受容体の機能を回復させる働きをする。

ズラノロンは産後の鬱治療に認められた二つ目の薬になる。2019年に認められたブレクサノロンあるいはズルレッサも GABA-Aに働きかけるが、3日間入院​して​​​​60時間の静脈注入が必要であった。アメリカでもこの処置をする病院は限られてい​るから、ほとんどの女性は治療を受け​られなかった。

入院が必要なのは、静注時に患者が意識を失う場合があるからで、ズラノロンでは眠気を催したり鎮静状態を経験するだけである。
「ズラノロンは口から飲むから楽で、意識喪失の危険がないのが良い」とデリジアニディスは言う。

ズラノロンでは眠気を催すため接種後12時間、車の運転、重機の運転を控えるように勧めている。また風邪の症状、下痢、自殺念慮がある人も飲まないように言う。
政府は​ズラノロン​が胎児にも影響すると​していて、試験では薬を飲む14日間母乳を与えることが禁止され、薬を止めた後7日間​、他の女性からミルクをもら​うよう指示していた。

母乳に含まれるズラノロンは薬を止めた5日後には十分低下していたと言う報告もある。今後は早く​出た効果がどれほど続くかが課題である。
治療に新たな選択が加わったので女性も進んで助けを求められる。

「鬱は自分だけで解決するのは難しい」とデリジアニディスは言う。



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