恐怖をコントロールする脳の小さな器官

 
我々の生活の回りには恐怖を起こすものがたくさんある。アメリカでは1年に550人の人が家庭内感電事故で命を失い、蛇に噛まれて死ぬ人は僅か年間15人程である。しかし蛇が動く時の音はヘアードライアーの音より恐ろしい。

この激しい恐怖が何故起きるかは我々の進化の過程を研究し、脳の内部にある1対のアーモンド状の器官をつぶさに調べると納得する。

恐怖とは一種の先祖帰り現象である。恐怖の発生には数億年前に形成されたこの脳の小さな1対の器官が重要な役割をしている。我々は既に絶滅した我々の祖先の時代とは違った環境に生きているが、恐怖はその当時と同じように襲って来る。恐怖は光のように一瞬に起き、腹部を殴るような激しい衝撃を与える。この先祖帰りの恐怖反応は現代では心理的にも肉体的にも問題を時々起こす。

「我々は進化して来たわけであるが、だからこそ生まれながらに恐怖する対象が存在する。銃、ナイフ、オートバイ恐怖症と言うのは殆ど存在しないが、蛇とか火あるいは高所の恐怖症は良くあります」とイリノイ州エバンストンにある北西大学の心理学教授のスーザン・ミネカ氏は言う。

生まれがらにして恐怖しやすい恐怖発生対象を心理学者は準備刺激と言う。この準備刺激には人間以外の動物も反応する。ミネカ氏はサルを例に出して、サルも蛇に恐怖反応を示すと言う。檻の中で育てられ、蛇を見た事が無いサルも、ビデオでサルが怖がっている様子とゴム製の蛇の写真を交互に見せると恐怖反応を示すようになると言う。

このサルに花とかウサギの映像を見せても、恐怖反応を示すようにはならないと言う。進化によって作られた恐怖発生対象は他にもある。

「飛行機に乗るのは自転車以上に安全でしょう。しかし我々の遠い昔に形成された恐怖により、閉所と高い場所は本能的に恐怖を起こしやすい。だから飛行機搭乗にも恐怖するのでしょう」とミシガン州のホランドにある希望大学心理学教授のデイビッド・マイヤー氏は言う。

古典的恐怖は脳内にあるアーモンド状をした1対の器官(扁桃体)で発生する。各々の扁桃体はこめかみから約4cm弱、奥に入った所に位置している。視覚、嗅覚、聴覚、触覚等のシグナルは感覚器から入り扁桃体に送られる。扁桃体から更に脳の他の部分に送られて、ここからは不随意反応である心拍を早め瞳孔を拡大し、血液を足の筋肉に送りこむシグナルが体の各部に送られる。この時に皮膚からは血液は引き、汗腺が活発に活動する。だから我々が恐怖を感じた時に顔面が蒼白となり、冷や汗が垂れる。

シグナルは腎臓の直ぐ上にある副腎に送られアドレナリンとコルチゾルと呼ばれる2種類のホルモンが分泌される。アドレナリンとコルチゾル分泌は恐怖反応の主要部分である。この2つの化学物質は進化の上で人間より大変離れている魚にも存在し、恐怖反応を担っている。 「コルチゾルとアドレナリンは恐怖を引き起こした時、状況の記憶を強化する役割をします。それゆえに将来同じ様な状況が発生した時に対処出来るわけです」とニューヨーク市のロックフェラー大学の神経内分泌学教授であるブルース・マックイーエン氏は言う。

コルチゾルと言うホルモンは強力な化学物質である。日常の記憶を司る脳に対しても影響を与える。この部分は海馬と呼ばれる器官であり、ここに障害があると過去を全て忘れる。

意識的学習記憶あるいは恐怖の記憶は海馬に記憶される。海馬に障害があるが扁桃体は正常な人に恐怖を誘う写真を見せると自動的恐怖反応をしめす。即ち心悸亢進、発汗であるが、その後、その人にこの写真に驚いたのですかと質問するといや違うと言う。

反対に海馬は正常であるが扁桃体に障害がある人に同じ実験をすると恐怖を感じるが恐怖反応を示さない。

「このシステムは危険からいち早く身を避けるシステムで合理性を追及するように作られていません。良い点は効率が良くしかも早く学習出来る事。しかし都合の悪い学習してしまうと、中々恐怖を消す事が出来ないのです」とニューヨーク大学の神経科学科教授であるジョセフ・レドックス氏は言う。



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