創造性を引き出すには

2021年4月1日


もし創造性について歴史から学ぶことがあるとしたら、創造は予期しない時に起きると言う事実であろう。
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトは「新しいメロディーを思いつくのは食事中とか、歩いている時、寝る直前だ。メロディーが気に入ったら、忘れないように鼻歌を歌う。メロディーが何処から来るのか、自分でも分からない。意図的にメロディーを作り出す事は出来ない」と言っている。

同じことをフランスの数学者であるアンリ・ポアンカレも言う。彼の数学的閃きは、バスで旅行している時や海岸を歩いている時に起きている。

推理作家のアガサクリスティーは、次の小説の閃きは洗濯物をしている時、風呂に入っている時などふと湧くと言う。「必要は発明の母なる言葉を私は信じない。私に言わせれば発明は怠け、横着の産物だ」と彼女は言う。

心理の専門家もこの考えに賛成で、人に閃きを起こすには一定の潜伏期間が必要と言う。 潜伏期間とはアイデアが創出される間際の時間であるが、この間何か関係ない事をしていると良い。散歩だとか家事、あるいはユーチューブを見るのも悪くない。

心の自由放浪
何故、斬新な発想を思いつくにはこのような潜伏期間が必要なのだろうか。有力な説として、無意識熟成説がある。意識は当該の対象から離れても、無意識下では解決を求めて脳は作業をしていると説明する。
潜伏期間中に人は作業から離れるから貴重な解放感が得られる。我々がもし長時間同じ問題を考えていると、ある種の囚われの状態になり、斬新な発想からは遠ざかる。これを避けるには何か楽で楽しい事をする必要がある。

2012年に心理学者のベンジャミン・ベアードは、この考えが正しいかどうか証明するために独創的な実験を編み出した。ここでは被験者は古典的なテストである”道具のあらゆる利用方法を考える”と言う課題が与えられる。例えばレンガだとか衣紋掛けの想像もつかないような使い方だ。

被験者は数分間猛烈に考えた後に潜伏期間に入る。最初のグループは12分間の休憩だけ。次のグループは一連の数字を見て、奇数か偶数かを答える。この作業は家事をするのに似ていて、多少の神経を使うが全体として無意識で作業が出来る。3つ目のグループでは、数分間数字を記憶させられる。これは意識を集中する必要があり、思考の自由放浪は許されない。

12分間の潜伏期間終了後、彼らの独走的考えを聞くと、潜伏期間中にたやすい作業をしたグループの創造力は40%他のグループを上回っていた。潜伏期間中に休んでいたグループ、意識の集中を要求されるグループでは、潜伏期間なしに考え続けたグループと同じであった。
不思議なのは単に休んだ人では成績が芳しくなかった事だ。ベアードはその理由として、脳が創造力を引き出すには、ある程度注意をそらす必要があると考える。何もする事がないと、考えは自動的に連続してしまうからだ。一番良いのは緩んだ意識で簡単な物事の処理をする事であった。

敢えて暇つぶしをする
これをアメリカ管理大学教授のジヘ・シンとアダム・グラントが証明している。
実験では被験者に一万ドルの予算で新しいビジネス企画書を書くよう命令する。実験中に、注意散漫を引き出すためABC放送のトーク番組を見る事が許された。その結果をグラフに描くと、Uの字をひっくり返したようようになり、真ん中はトーク番組を少し見た人で、左端は全然気晴らしをしない人、右端はトーク番組を見過ぎた人となった。

グラントとシンは、更に韓国のデザイン会社を選び、そこの従業員とリーダーに質問した。結果は実験と同じく、従業員のなかでも適当に気の紛らわしをする人が、目の前の仕事にかかりっきりの人よりよい仕事をしていた。

創造的暇つぶし
上の結果は、新進の作家であろうが、広告デザイナーだろうが、学校の先生であろが誰にも当てはまる。差し迫る仕事提出期限を前に、誰でも気をそらすのに恐怖を覚える。しかしその恐怖と緊迫が仕事の質とスピードを阻害している。
人の上に立つ者は、社員が休んでいる姿を見て咎めるべきではないでしょう。

創造的息抜きにも色々なやり方があり、スタンフォード大学のマリル・オペッツォとダニエル・シュウォーツは、単に歩くだけでも効果があると言う。歩きは部屋の中でも外でもよい。

2017年にオープンしたアップルの本社ビルがこの良い例で、アップルパークと呼ばれる一周1600m、直径461mの円形緑化公園の形を取り、ここを通って喫茶店、マッサージルーム、劇場にも行ける。このような設計は、社員同士の偶然の出会いを作り出し、アイデア創出の絶好空間になる。まさしくスティーブ・ジョブズが追い求めて来たものだろう。実際、アップルは今や200兆円企業になり、世界でも最も革新的企業と誰もが認めている。

こんな事は普通の会社にはできないが、他のやり方もある。会議と会議の合間に敢えてコーヒー休憩を入れるのはどうであろうか。グーグルでは、仮眠カプセルを用意している。短時間の仮眠はコンピューターに疲れた脳には大変良いだろう。
今ほど革新的考えが必要な時代はないが、革新的考えは気持ちの方向を変えるだけで良いとは嬉しいではないか。



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