2022年6月7日 |
現代社会では鬱で苦しむ人が多いが、従来の抗鬱剤では3人に一人は薬に反応しない。しかも効果が表れるまで時間がかかるため即効で効果のある新薬が求められている。 最近はこの壁を破る可能性があるシロシビンに注目が集まっていて、「 The New England Journal of Medicine and Nature Medicine誌」の報告は、要望に光を与えるものであった。 シロシビンは幻覚キノコから抽出される幻覚物質で、脳内のセロトニン受容体を刺激する。シロシビンは肝臓で分解されるとシロシンに変化してこれが意識に変化を起こす。fMRIを使った研究では、シロシビンは内側前頭前野皮質に作用して認識、注意力、抑制、習慣、記憶力の低下を起こしていた。 シロシビンは後帯状皮質にも影響を与える。後帯状皮質とは記憶と感情をつかさどる脳である。内側前頭前皮質と後帯状皮質が活性化すると、いわゆるデフォルトモードネットワークが活発な状態になる。デフォルトモードネットワークとは、われわれが内省する時活動するネットワークで、鬱状態でも活躍する。 ネットワークが活発化すると人は過去を思い出し将来を憂え暗たんとなり外側の世界に反応しなくなる。シロシビンはデフォルトモードネットワークの活動を抑制する作用がある。しかしデフォルトモードネットワークが活発化したから鬱になったのか、鬱がデフォルトモードネットワークを活発化したのかははっきりしない。 研究ではシロシビンと従来の抗鬱剤(エスシタロプラム)を二重盲検査法で比較した。比較にはfMRI も使われている。シロシビンを使ったグループでは一日後に既にfMRI上に違いが表れていて、デフォルトモードネットワークは抑制され脳内の他のネットワークは改善していた。エスシタロプラムを飲んだグループでは、開始後6週間でもデフォルトモードネットワークは活発であった。他の脳内ネットワークの改善が良い人ほど6か月後の時点で症状も改善していた。 シロシビンは5-HT2Aセロトニン受容体により効果的に働きかける。5-HT2A受容体はデフォルトモードネットワークを含む脳全体のネットワークに存在する。 幻覚キノコは本当に鬱を治すのか 鬱の度合いを測定すると、シロシビンは抗鬱剤に比べてより抗鬱効果があった。薬に対する反応ではシロシビンに70%の人が反応したのに対して、抗鬱剤では48%しか反応しなかった。開始後6週間での緩解率はシロシビンが 57%で、抗鬱剤が28%であった。しかしシロシビンにも反応しない人もいて、鬱治療の難しさをしめしている。 シロシビンは飲む環境が重要で、自分一人で試すのは危険である。シロシビンでは思わぬ副作用が起こり得るのでそれを避けるために患者の既往症を調べる必要がある。 このような注意書きがあるにも関わらず、鬱治療の選択幅は広がり希望が持てる。内省と反芻思考は鬱に限らず不安症とか依存症でも見られるので応用範囲は広い。 脳科学ニュース・インデックスへ |