幻覚療法に集う女性たち

2022年5月21日


線香の香りが漂う薄暗い部屋で、7人の女性が幻覚療法に応募した理由を説明している。
ここティファナは北部メキシコにある町で、アメリカと国境を接すると同時に太平洋が一望できる町でもある。元海軍の女性は、11年前に自殺した彼女の母親の霊に会いたいと言う。陸軍を除隊した別の女性は子供のころ家族から性的暴力を受けていた。数人の退役軍人女性は軍隊内で性的暴行を受けたと言う。

海軍で爆発物処理に携わった夫を持つアリソン・ローガンは、夫が激しい任務のために人が変わってしまい、最早離婚の危機にあると言葉を詰まらせた。海軍の衛生兵であったクリスティーン・ボスウィック38歳は、辛かった結婚生活を円満に終わらせたいのと、最近苦しむ偏頭痛を治したいと言う。
「心をリセットしたい。子供も賛成してくれると思う」と幻覚療法に期待を寄せている。

近年は幻覚療法が見直されアメリカでも合法化、効能の基礎研究、医療への応用等が超党派的に進められている。幻覚療法への要望は特にアフガン戦争、イラク戦争を経験した退役軍人に多い。

彼らは軍務により脳障害を受けPTSDを発症し、薬物依存に至り各種治療を受けて来たが思わしくなく、幻覚療法に最後の望みを掛けている。不用意に幻覚療法を受けると、しばしば数十万円の費用を支払わされることになるが、ここティファナでは陸軍レインジャーと海軍特殊部隊員の妻から成る組織の努力により、費用は無料になっている。この組織は軍関係者が幻覚療法を受けやすくなるように基金を設けている。

隠れ家の名前は”The Mission Within”と言い、マーチン・ポランコが2017年に始め、既に600人以上が経験している。
「始めた理由は、幻覚療法は障害のある退役軍人に効果があるに違いないと思ったのです。経験した多くの人が、生活向上とは何かを実感したはずです。最初のころは男性ばかりでしたが、最近は女性元軍人あるいは軍人の妻が増え、このように女性だけの儀式をしています」と彼は言う。

幻覚療法はラテンアメリカでもアングラであり、法的にあいまいな位置づけになっている。しかし要望が高まるにつれ、コスタリカ、ジャマイカ、メキシコその他の国にも広まっている。
ポランコの医師免許はアメリカで取得してないが、彼の幻覚療法は主流の医療関係者からも注目されていて、今年の後半にはテキサス大学でもポランコの幻覚療法を検証することにしている。

退役軍人病院では、幻覚物質を使った治療はしてないと退役軍人局のランダル・ノーラーは言う。しかし特別な許可があれば幻覚物質を使う事は許されている。その場合は当局が注意深く見守るとノーラーは言う。

週末に行われる儀式では患者にイボガインかシロシビンを処方する。これ等は幻覚療法入口の薬物で、思考の破壊と深い内省を目指している。メキシコではイボガイン、5-MeO-DMTは医療として認められていないが法律違反でもない。イボガインは依存症治療に使われる植物由来の薬物で 、5-MeO-DMTはソノラ砂漠ヒキガエルから得られる強い幻覚物質である。シロシビンはキノコ由来の幻覚物質で原住民は伝統的に儀式に使っている。

幻覚療法研究センターのテキサス大学のチャールズ・ニメロフは、幻覚療法に過剰な期待は禁物で、精神病を発症する場合があり、しかも確率が高いと言う。
「今の所、誰に効果があり、誰に効果がないか分からない」とニメロフは言う。
このメキシコの隠れ家に参加した女性たちも承知で、それでも幻覚療法の魅力に抗することが出来ず参加している。

幻覚パーティーに参加した7人の女性は免責条項に同意し、心の状態を問う質問用紙に書き込み、軽い診察を受ける。儀式をリードするのはチリ生まれのアメリカ人であるアンドレア・ルーシーで、彼女はアメリカ退役軍人の治療に携わって来た。
キノコ茶入りの茶碗に燃やした薬草の煙を吹きかけながら、ルーシーはメキシコ原住民の霊能師であるマリア・サビナの書いた詩を読む。
「美しい愛で癒せ。汝は医術である」とルーシーは唱える。彼女自身はチリのマプチェ原住民出身である。

儀式が始まって40分ほど経つと変化が現れた。数人が泣き始め、一人は突然大声で笑いだす。ジェナ・ランバドグロッソは泣き叫んで部屋を飛び出し、階下にいるルーシーに抱きついて「何故だ、何故だ」と叫ぶ。彼女は子供の時分の性的虐待を思い出したらしい。

泣き始めたサマンサ・ユアンも子供のころのトローマを思い出した。彼女は性的虐待の苦しみを酒と薬物でごまかしていた。
「ここでは自分に共感し自分を優しく見つめるのです」と37歳のユアンは言う。彼女の目的は陸軍にいた時に受けたレイプの記憶を癒すことであった。
「儀式では許す事を学びます。許す事によってトローマと折り合えるのです」とユアンは言う。
多くの参加者は幻覚から覚めると安らぎを覚えて、互いに幻覚体験を語り合う。

翌朝は5-MeO-DMT(ヒキガエル毒)の煙を吸う。ポランコはこれをパチンコと呼び、効き目は早く強い。煙を吸うと直ぐ、ユアンはしわがれ声を出しながらマットの上でのたうった。ボスウィックはパニックになって四つん這いになる。ロンバードグロッソは吐き、ゼイゼイ言いながら体を揺する。
「悪魔祓いのようだ。硫黄が沸き上がり真っ暗になった」とロンバードグロッソは言う。

一方、アリソン・ローガンはがっかりした様子だった。
「悲しみを表面化しただけで、洞察とか解決にはほど遠かった」と彼女は言う。

でも他の参加者では苦しみは去り、感情は一変した。
「何か煙に巻かれたような感じだが片頭痛が突然消えてうれしい。今までギュッと握って離さなかった怒りとか不満を放した感じだ」とボスウィックは言う。

隠れ家での幻覚体験の後、ユアンにその後を聞くと「毎日エネルギーでいっぱいです」と言う。ロンバードグロッソは、今は亡くなった母の衝撃が治まり気持ちが未来に向き始めたと言う。
「もうバラバラではないです」と彼女はオクラホマ州タルサの家から言ってきた。



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