心理実験に疑いの目

2018年7月16日

今まで有名になった心理実験に疑いの目がかけられている。しかし我々の生き方の一端を示しているのも間違いない。

イラクにアメリカが攻撃をしかけた後、間もなくバグダッドの広場で人々が銅像を引き倒すシーンをテレビで見たと思うが、このような光景を最近は心理学で見るようになった。

最近、専門家と報道関係者が有名な心理学実験3つを引き倒そうとしている。
先ずスタンフォード大学が行った刑務所実験が矢面に立ち、ここでは刑務所看守に扮した学生が、囚人に扮した学生をどう扱うかを実験をした。しかし看守の学生が囚人に対してあまりに過酷になり、途中で実験を中止せざるを得なかったいう衝撃的実験だった。

二つ目はマシュマロテストとして有名で、喜びを我慢できる子供は我慢出来ない子に比べて、その後の学校の成績が良いと言う。三つ目は、意思の減退をテーマにして、意思の力は筋肉のように鍛える事も出来るが疲労も起こるとしている。

科学研究は従来から、実験方法、統計値判断に偏向がありとして批判されて来た。2011年以来、心理学では有名な研究100本以上が批判されている。心理実験批判の背景には、世代の変化とか権威体制への批判もあるだろう。

「有名になった心理実験が果たして本当なのかどうか、基本から洗い流す時が来たようだ」と再現実験を推し進めるバージニア大学教授のブライアン・ノセックは言う。
人間の行動、心理を調べる実験は、他の科学と違って常に曖昧さが付きまとう。誰にも思い当たるし、故に人々から注目され、社会に反映され、社会は心理学に影響を与える。

学会誌に現れる毎日の発表を一々吟味するのと、既に有名になった心理実験を批判するのでは意味が違う。何故なら、有名な実験では人々が自分自身を見つめ直す事になるからだ。スタンフォード大学の刑務所実験は、大学の専門家が、ミニドラマとして作り上げているのが問題だ。

1971年の夏に中堅心理学者のフィリップ・ジンバードは新聞紙上で学生を募り、心理実験を開始した。24人の学生の半分を囚人に、残りの半分を看守に仕立て、刑務所を演じさせた。刑務所に似せた独房や囚人服も用意して、一部始終をフィルムで録画した。しかし6日後に、突如実験停止した。余りにも看守が過激になり、危険を感じたからだと述べている。

スタンフォード大学は、至急報として幾つかの報道機関に流した後、ニューヨークタイムズに詳細な情報を提供している。この実験を元に出来たドキュメンタリー”静かな激怒”がヒットし、ジンバードを心理学のスターにさせた。
最近では、2000年の前半に起きたイラクのアブグレイブ刑務所での出来事が、彼を更に有名にさせている。

問題は、実験を指導したジンバードが、看守の役割をした学生に演技指導をしたか如何かだ。演技指導があったとしたら、”やらせ”ではないだろうかとボストンカレッジのピーター・グレイは言う。この疑いから、グレイはジンバードの実験を彼の書いた有名な心理学入門書から除外している。
「もしジンバードが見ていながら何も言わなかったら、看守の役割をした人達はそれを暗黙の了解と取り、次第に囚人虐待をエスカレートしていったのではないだろうか」と続ける。

この物言いに反応したのがジンバードで、彼はインターネット上で、次のように反論している。
「既にドキュメンタリーで見ての通り、看守には囚人を肉体的に痛めてはならないと言ってある。しかし囚人には退屈させ、不満、恐怖、無力感を与えても良いと指導した。有能な看守を演じるにはどうしたら良いかの指導は一切していない」と反論している。

私は直接ジンバードに会っているが、彼は、「看守のような、社会から一定の力の行使が認められていて、しかも監視されていない場合には何が起きるかを実験が示している。その辺を私を批判する人は見逃している」と言った。

ジンバードの実験に疑問を呈する位で良いのか、あるいはとても心理学とは言えないとして、無視するのが良いかは各人に任せよう。

どちらにもくみしない人にアクロン大学で心理学歴史センターの責任者をしているデイビッド・ベーカーがいる。
「問題が起きた時に両者の意見を聞くのがアメリカの文化である。先ず実験の本質を考えないといけないと思う。この場合、社会の受け取り方、期待が人間の心に影響を与えるかどうか。もし影響するなら何時、どのように影響をするかだ」とベーカーは言う。

”マシュマロテスト”と”意思減退テスト”は刑務所実験と少し違うが、実験結果にどれ程意味があるのかと今問題になっている。
「意思の減退は本当かも知れない。確かに自分でも意思が疲労する時がある」とグランドバリー大学のケイティー・コーカーは言う。最近このテストの検証が行われて、実験の再現は少しだけ認められたとコーカーは言う。
「研究の方法が間違っているのかも知れない。この問題を解決するには、最初からやり直すべきだろう」 とコーカーは言う。

そろそろ過去の実験を再検証すべき時で、刑務所実験などは大幅な修正は免れないであろう。
マシュマロテストも意思の減退テストも修正すべきで、それにより社会に資することになる。子供によっては自制心が心の成長に役立つであろうが、それをどうやって測定するかが問題だ。自制心が、長い目で見た時にプラスに働くかマイナスに働くかも見る必要がある。自己コントロールすると意思疲労が起きると言う実験も、更なる調査が必要だ。

ノセックは、2015年に問題になっている心理実験の再現を試みた。その結果、有名な研究の60%は再現出来なかったと言う。心理実験に批判的な人達には愉快であるが、何故、ある種の心理実験がそれほど有名になったかも考える必要がありそうだ。科学では時々このような大幅な刷新が必要だが、今回は心理学が自ら率先した。



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