2008年1月17日 |
前回貴方がセックスをした時、それが何時ものお決まりの人とお決まりのセックスだったら、その最中は何も考えていなかったかも知れない。実際セックスの最中、今月の予算が足りなくなったらどうしようかとか、今週の週末は何をしようかとか考えている場合が多い。しかしそのセックスが最初からやるべきでないセックスだったらどうであろうか。その場合、息を切らし、感激に酔い、貴方の理性は何処かに消えている。
セックスで理性を失うのは知恵を誇る人間にはふさわしくない。何故なら捕食動物が沢山いるサバンナでセックスで注意がそがれるのは好ましくないからだ。遺伝子だけを考えるなら出来るだけ子供多く生み育て、子孫に迷惑をかけないように早めに死ぬことだ。 しかし理性を失わせるほどの魅力こそがセックスの本質で、子供を作るだけでは理解できないものがロマンスにはある。恋には貴方のハートを貫いた人への崇高な愛があり、恋がかなった時に得られる喜び、安堵には想像以上のものがある。花をささげ詩を書き、遠く離れた恋人にわずか2日間だけ会うために旅をするが、単に精子を卵子に注入するだけにしては大変な努力だ。 人間は色々なことに大騒ぎするが恋ほど大騒ぎすることは無い。食べて飲む事が重要だから我々は食の作法を色々作り上げてきたが恋ほど苦しみもがかない。 「人は恋のために詩を作り文学を書き、シチュエーションコメディーを書く。恋に生き、恋に死に、恋のために殺人をする。恋は生きる本能より強い」とラットガー大学人類学のヘレン・フィッシャー氏は言う。 少し昔ではあるが、今から30年ほど前にハワイ大学心理学のイレイン・ハットフィールドとイリノイ大学社会学のスーザン・スプレッチャーは情熱的恋の判定表なるものを作って世界各地の人を調べた。アメリカ、太平洋諸島、ロシア、メキシコ、パキスタン、インド等を調べた結果、恋を黙らせるのはほとんど無理ということが分かった。「どの国でも恋は総て激しかった」とハットフィールドは言う。 科学者ばかりでなく我々も何故恋がこれほど激しいかを知りたい。我々はダンスをし、いちゃつき、ウィンクをし、喜び悲しむ。「科学的に恋は何であるかを説明できないのです」とインディアナ州ブルーミントンのキンゼイ研究所の名誉所長であるジョーン・バンクロフトは言う。この研究所で分かっているのは、恋愛する時のやり方を少しだけだ。それでも少しずつ分かり始め、恋には視覚、聴覚、嗅覚、触覚、それに神経化学のプロセスが組み合わされているのが分かった。子供を生むだけならこれら総てが必ずしも必要ではない。でももう一つの大きな目的達成には必要であった。もう一つの大きな目的とは何か。 恋のハント もし人間の繁殖行為が複雑であるとすれば、それが2つの相反する目的を同時に追求するからである。沢山の子孫を残すには我々はより沢山の相手が欲しいが、生まれた子供が無事に育つために相手と良い関係を維持したい。貴方が女性であるなら、出産の回数は一生の内に限られている。貴方が男性であるなら、子供を生むチャンスは貴方を受け入れる女性がどれほどいるかにかかる。しかし健全な子供を生みたい本能は強く、少しの健康な子供しか生めない女性には近づかない。このため、我々が年頃になると良い遺伝子を求め良い子供を生める相手を求めるし、一方我々自身も良い遺伝子を異性にアピールする。 「我々は総て男女の良き組み合わせの結果生まれて来ている。我々はカップルになる時に一定の相手を選ぶように出来ている」とテキサス大学進化心理学のデービッド・バスは言う。 選ぶ基準の一つに相手の臭いがある。良い臭いか、悪い臭いかは基本的には違わない。両者ともに体から発散されて相手に何かを伝える。人間も動物も臭いの感覚を発達させ、腐敗臭なら病原菌に汚染されているから離れ、温かいお菓子の臭いなら砂糖、バターがいっぱい入っていて食べたいと思う。人間もその固有の臭いを発散していて、その臭いが相手に強い影響を与えている。 臭いが与える目に見えない影響の良い例には、女性の生理の問題がある。共同体に住んでいる女性の生理は同時に起きると言われる。自然な環境に住んでいる場合、これは好都合だろう。1人の排卵期を迎えた女性が多くの男性の興味を独り占めするのは子孫を残す上で好ましくない。排卵期は女性の全員が一度に迎え、適齢期の男性が競い合えばよい。 しかしそれをどうして伝えるか。答えは臭いである。動物にはフェロモンという臭いを発生する化学物質があるのが知られている。未だこの物質は十分に解明されていないが幾つかは分離されている。ドライバーフェロモンといわれる物質がそれで、相手のエンドクリン系に作用する。エンドクリン系は生理の時期を決定する重要な役割をするから、この2つがリンクしていれば生理は同期する。「その共同体には他の女性の生理に影響を及ぼすドライバー女性がいるのですね」とモネルケミカルセンスセンターのチャールズ・ワイソッキは言う。 臭いに反応するのは女性に限らない。去年の10月に発表されたEvolution and Human Behavior誌では、例えばストリップショーのダンサーは排卵期にある場合、1時間に70ドルのチップが稼げるのに対して生理に入っている女性は35ドルで、排卵期でも生理でも無い女性は50ドル平均して稼ぐと発表している。他の研究によると男性は嗅覚にもっとロマンチックに反応すると言う。カリフォルニア大学心理学助教授であるマーティー・ヘイスルトンが行った調査では、女性が排卵期である場合は男性はより優しく近づき、女性に近づく男性に嫉妬を抱くと報告している。「男性は女性の行動を見ながら何かを感じ取り、相手を守ろうの行動に出るのだろう」とヘイスルトンは言う。 臭いはどの女性が子供を産みやすいかを知らせるばかりでなく、更に相手の選択の幅を狭める重要な役割をする。免疫系をコントロールする遺伝子は数々あるが、その中でも主要組織適合性複合体(Major Histocompatibility Complex)というのが知られている。この物質は組織の拒否反応に影響を与える。貴方の相手の男性のMHCが余りにも貴方のMHCに似ていると、子宮は身ごもった胎児を排除しようとするかも知れない。適度に違ったMHCを持つ男性の子供を授かると安心して妊娠が出来る。 マウスを使った実験では、マウスは尿を嗅いで、同じMHCを持つマウスとつがいになるのを避けるとしている。その後のスイスのベルン大学で行われた研究では、女性が男性が着たTシャツの臭いを嗅いでどのTシャツの臭いなら受け入れるか聞いた。ここでもやはり女性は適度に違ったMHCを持つ男性が着たTシャツを選んだ。もしMHCの臭い以外にも相手を選ぶ手段があるとすると、それには味がある。唾液にはある物質が存在していて、キッスでそれが分かる。「キッスは味デストです」とヘイスルトンは言う 臭いでMHCが適合しているかどうか判定できるが、それは同時に混乱の原因にもなる。例えば避妊ピルであるが、避妊ピルは化学的に女性の体に妊娠状態を作り出して避妊の効果をあげるが、避妊ピルを飲んでいる女性はTシャツテストで間違った判断をする場合がある。「ある友達が言ったのですが、避妊ピルが離婚の原因なのじゃないかと言うのです。避妊ピルを飲んでいる時に旦那さんを見つけた。しかし子供を生むためにピルをやめたら間違った男性と結婚していたのに気がついた」とワイソッキは言う。 臭いの他に容姿や声への拘りがある。人間は誰でも魅力的な顔、セクシーな体つきにあこがれる。男性は女性の胸やお尻のふくらみを見て子供を生み育てる能力を見る。でもそれほど明瞭に意識しているわけでは無い。これに対して女性は男性の厚い胸、広い肩をみて安定的に肉を供給し、猛獣を追っ払ってくれるであろうと期待する。21世紀には胸毛や髭もじゃの顔は流行らないが、昔は男性ホルモンであるテストステロンを示す証拠であるとされていた。 男性の太い声も異性を引き付ける。オンタリオのマックマスター大学の心理学教授であるデービッド・フェインバーグがタンザニアの最後の狩猟採集民族であるハズダ部族を調べたところ、深く朗々とした声を持つ男性ほど子供の数が多かった。関連した調査をアルバニー大学でも行い、149人の男女に男性と女性の声を聞いてもらい、大変魅力的からまったく興味を示せないまでの格付けをしてもらった。その結果、魅力がある声の人は同時に魅力的体躯を持っていた。魅力的体躯とは男性なら広い肩であり、女性ならウェストとヒップの差がある人である。魅力的な声は異性を引き付けるし、実際魅力的体躯を伴っていた。すると声でセックスアピールが出来るなら、そのような声を出す努力もするということで、因果関係と相互関係が混ざることになる。「声はそれとなくセックスアピールを示しているのだろう」とこの研究の共同研究者である心理学のゴードン・ギャラップは言う。 体の中の化学物質の作用により我々は異性を求めるが、これが本番セックスになると暴風雨のような激しい作用になる。視線の出会いがキッスに移行するのなら、キッスはセックスに進む。我々は一度性的に興奮すると元に戻るのが難く出来ている。だからキッスはセックスに至る最初のステップであると言うのは当然である。 キッスは相手にMHCの相性を知らせるのみならず、相手を引き付けるシグナルを増幅する。音、息遣いばかりでなく、臭いもクローズアップする。「キッスの瞬間に体の姿勢や物質的、化学的情報がどっと入ってくる。このプロセスは人間にがっちり組み込まれている」とギャラップは言う。 そればかりでなくキッスでは男性から女性に媚薬が注入される。テストステロンは男性ホルモンであり、もちろん男性に多く見られるが女性にも存在している。この物質は欲情状態を維持する重要な役割をしているが、血中に高レベルのテストフェロモンが存在する男性では、それが唾液に流れでて、長いキッスをしていると女性に影響を与えて媚薬の役割をすることが考えられる。女性は発情し、男性を受け入れ、より濃密になる。 性交が愛に変わる時 もし我々が繁殖機械として十分性能が良いならば、何故ロマンスには時々騒動が起きるのであろうか。でもそれは避けられない運命なのかも知れない。愛を寄せても相手から同じ愛が期待出来るとは限らない。もし得られないと分かると我々は激しく苦しむ。 最初のデートでセックスをするのを一般に戒めているが、それは妊娠を避けるためと、病気の感染を防ぐ実用的意味がある。また、簡単にセックスをする相手には価値ある遺伝子が無いかもしれない。より優秀な遺伝子を保有している人は眼識があり、相手にもそれを要求するから初回セックスとはならないと考えられる。 入念なデートにより遺伝子は選別され、理想的な異性に会えて多幸感が押し寄せる。2000年に実施されたfMRIを使った脳の検査では、ロマンスの喜びは3つの脳の領域で観測された。最初は腹側被蓋野(ventral tegmental)と呼ばれる領域で脳の下部にあり、ドーパミンの精製所でもある。ドーパミンは沢山の仕事に関わっているが、一番注目されるのは報酬回路をコントロールする役割である。賭け事に勝って喜びを感じるのがドーパミンの仕事で、美味しい食事や給料の上昇を期待して胸が高鳴る時もドーパミンによる。 フィッシャー等はfMRIを使って恋を開始したカップルの脳を調べた。すると彼等の腹側被蓋野が活発に作動しているのを発見した。「この脳の基底部にある小さなドーパミン工場は脳の上部に向かって沢山のドーパミンを送り込んでいます。ドーパミンは渇望、動機、目的追及行動、そしてエクスタシーを起こします」とフィッシャーは言う 愛が癖になる時 過剰なほどのドーパミンを送り込んでも腹側被蓋野自身は愛の行動をするわけでは無い。ほとんどの人は最終的には博打をやめるし、食事のテーブルから離れる。そこで新しい相手との出会いを執着に近づけるには何かが必要になる。その何かとは腹側被蓋野より少し高く前方に位置している側坐核である。脳の下部から発せられたスリルのシグナルは、側坐核に送られてここで加工されるが、それには神経伝達物質であるドーパミン、セロトニン、それとオキシトシンが関係している。このオキシトシンが特に執着に関連しているのである。 子供を生んだばかりの母親は、陣痛の最中も子育ての最中もオキシトシンで体が充満している。だから、未だ体をくねらせるだけの赤子に強い愛情を寄せる。一方、寄り添う夫もオキシトシンのレベルが上がり、夫婦そろって妊娠と子供の養育に励む。 「ある研究では、陣痛の最中の妊婦はその部屋の前に立っただけの人が大変思いやりがあったと感謝する場合がある」とイリノイ大学の精神科教授であるスー・カーターは言う。 愛のシグナルが最後に到着するのは尾状核という器官で、大きさも形状も海老くらいの一対の器官で脳の両側にある。ここでは日常の行動様式や習慣、例えばタイプを打つとか車を運転するとかの情報を蓄えている。。一度尾状核に蓄えられた情報は容易に消えないから習熟した動作は長く保持される。同じ長期の情報保持が愛にも適用されるなら、初期の激しい情熱がすばやく長期の愛に変わるのも分かる。愛に関わる脳の部位が単に一つであっても愛の感情を十分強めるが、3つの部位が同時に働くと、強い愛が熱烈の愛に変化する。 愛がおかしくなる時 愛が厄介なのは必ずしも幸せをもたらさない事実だ。真の愛人を見つけたと錯覚し後で後悔するのが一つの例だが、それには避妊ピルが影響している時もある。それ以外にもアドレナリンがあり、アドレナリンが噴出すると貴方の感覚系が一方方向に強く動くために貴方の認識が歪み、避けるべき人に敢えて近づいてしまう。 ニューヨーク州立大学心理学のアーサー・アロンは人が危機的状況に至った時、例えば飛行機が緊急着陸をした時などでは、その状況下であった人達を真に信頼できる人と考える傾向があると言う。「我々は恋に落ちる時、その相手が真に魅力的だから恋に落ちるのでなく、恋に落ちたから魅力的に見えただけなのです」とアロンは言う。 薬物やアルコールの影響下でも同じ現象が起きる。ホルモンとか体内麻薬が活性化した時も気分がよくなり、丁度その場にいた人に心が引かれるようになる。「この人はものすごく魅力的だは実はその人が魅力的なのではなく、貴方の脳の化学物質が魅力的に感じさせている」とモントリオールのコンコーディアル大学心理学のジム・ファウスは言う。 又、2人による健康な愛の情熱も結果的に破綻することもあり得る。熱狂は何時まで持たないからである。フィッシャーは恋人に振られその痛みを癒しきれない人達の脳スキャンを実施して、不適合の愛の特徴を発見している。彼等の脳の尾状核に活性が見られたが、尾状核でも特に常習癖に関わる部位の近くが活性化していた。この2つの部位が重なり合うと、振られた男に”他に幾らでも女がいるではないか”と言ってもほとんど効果が無いのが説明できる。丁度酔っ払いに”そろそろ酒は止めだ”と言っても無駄なのに似ている。 幸せなロマンスも最終的には平凡な夫婦愛に変化していく。これを仲間のような愛と言い、初期のデートの頃のドキドキした時めきは無い。この段階を”日曜の朝のコーヒーと新聞”、あるいは”雨が降ったら将棋”と言う。初期の人類は生存のためにより高度の脳を必要としたが、それには子供の長期の養育期間が必要であったため、仲間的長期の結びつきが定着することになった。 結婚後何年も経つのに初恋のほかほか状態を保つなんて難しいと思うが、そのようなカップルも実在する。アロンはこの珍しいカップルの脳スキャンを実施した。その結果、彼等の脳はまさしく新婚ほやほやの脳と同じ反応を示し、上に挙げた愛に関わる3つの脳の部位が輝いていた。「怪しいとは思ったが、この検査を見る限り実際起きているらしい」とアロンは言う。 でもやはりそれは例外であり、大抵は落ち着いてくる。初期の情熱を維持したい気持も分かるがそれをするには負担が大きい。「愛は安定した状態へ移行すべきで、もし愛がまったく平凡でありきたりだとしたら、愛とはそうあるべきだからだ」とワシントンのセックスセラピストであるベリー・マッカーシーは言う。 恋をありきたりだと言うのは正しい。種の生存は厳しいから生殖は単純化した方が良い。しかし文学無しに言葉が出来たし、音楽を作る前に既にリズムが存在しダンスが発明される前に足のステップは存在したように、ロマンス無しの生殖活動が出来たであろうか。恋は生殖の装飾以外の何物でも無いが、今恋に落ちている人にそうは言えない。誰もそんな事聞きたくも無いし、その辺を科学も説明できない。 脳科学ニュース・インデックスへ |