ブロード研究所が率いる研究共同体SCHEMAが、121,000の人の遺伝子を調べて統合失調症を発症させる10遺伝子変異体を発表した。この変異体はタンパク質の機能を変化させる遺伝子で、統合失調症を発症する割合を20倍も高めている。2つ目の研究はthe Psychiatric Genomics Consortium (PGC)と言う研究共同体が発表したもので、統合失調症発症リスクを高める遺伝子変異体を287個発見していた。
これ等の研究から、統合失調症とはシナプスでの神経症細胞同士の会話が不全になった病気と理解できる。同じ遺伝子上に多種の変異が起きて、それが各種精神病の元になっていた。二つの発表はNature誌に発表された。
「精神病は長い間ブラックボックスの状態にあり、そのメカニズムは謎に包まれていた。そのため、治療法開発が遅れ、70年以上も前の薬を今も使っている」とブロード研究所のタージンダー・シンは言う。
「今回発見された10種の遺伝子は統合失調症研究の分水嶺になるもので、ここから基礎研究が開始される。数千人のDNAを分析して、どの遺伝子が統合失調症を起こしているか分かり始めた」とSCHEMA研究の著者であるベンジャミン・ニールは言う。
「我々はこの種の発見を長いこと待ち望んでいた。これから情報の意味を掴み治療法に結び付ける」とブロード研究所のスチーブン・ハイマンは言う。
世界から遺伝子を集める
SCHEMAとPGCの研究はスタンリーセンターと世界の40の研究所が進めて来た研究である。PGCでは世界から320,400人のデーター(ヨーロッパ人、フンランド、アメリカ黒人、ラテンアメリカ系、東アジア、東欧ユダヤ人)を取り寄せて分析した。
SCHEMAとPGCは互いに補完する役割をしている。2009年以来、PGCは統合失調症のリスクを高める一塩基多型と呼ばれる遺伝子変異を調査してきた。SCHEMAは2017年に発足して、タンパク質をコード化するゲノムの2%部分であるエクソームを研究している。
「研究では10年分のデーターを全て手作業で分析した」とスタンリーセンターのサイニード・チャップマンは言う。
シンによるとこの2つの研究から大事な部分が見えて来たと言う。「遺伝子研究、構造分析、コンピューター技術等が過去20年間に劇的進歩をしたことにより、データーをより詳細に理解することが出来るようになった」と彼は言う。
輪郭が見えて来たこと
24,248人の統合失調症の人と97,322人の健康な人のエクソームをSCHEMAが分析して、10種の稀な変異体を見つけた。この変異体はPTVsと呼ばれ、タンパクの機能を妨害することにより統合失調症を発症させていた。
「一般的には統合失調症を発症する割合は1%であるが、この変異体を持つとその10倍、20倍、50倍も高くなる」とニールは言う。
研究では更に22個のリスク遺伝子を加えている。これ等を総合すると、統合失調症では遺伝子がシナプスの機能不全を起こしているらしい。この考えは2016年のブロード研究所の発表で既に予想されていた。2016年の研究では、C4遺伝子変異体が過度のシナプス剪定をすることにより統合失調症を発症させるとしていた。
SCHEMA の研究では10個の遺伝子の内のGRIN2A とGRIA3がシナプスに問題を起こしていた。この2つの遺伝子はグルタミン酸塩受容体を部分的にコード化している。 グルタミン酸塩受容体 とはシナプスにあり、グルタミン酸塩を受容することにより情報を受け取る役割をしている。
以前からグルタミン酸塩が統合失調症に絡んでいるのではないかと指摘されていたが、SCHEMAが初めてそれを遺伝子から裏付けた。GRIN2A遺伝子は思春期に活動のピークを迎えるが、統合失調症の患者の多くがその時期に発症する。
SCHEMA が発見した遺伝子は、今まで心の病気の原因とは考えられていなかった。その中のSETD1Aと呼ばれる遺伝子は転写に関わっているし、CUL1と呼ばれる遺伝子は細胞の不要になったタンパク質のリサイクルに関連していた。XPO7と呼ばれる遺伝子は細胞核のシャペロン分子に関わっていた。それでもPTVsと呼ばれる変異体は20倍から50倍も統合失調発症リスクを上げていた。
「これ等の遺伝子が、統合失調症発症にどのような役割を果たすのかの詳しい説明は今後の研究にかかる」とSCHEMA を書いたマーク・デイリーは言う。
一方PGCのチームは76,755人の統合失調症の人と243,649人の健康な人の遺伝子を比較した結果、287の領域が統合失調症に関連しているのを発見した。この数は2019年発表のPGC研究より94カ所増えている。
PGCが統合失調症に関連するとしたゲノム領域は、シナプスの構造に影響するが、SCHEMAが発見したそれと少し性質が違う。
SCHEMAが発見したGRIN2A は大変稀な変異体で、統合失調症リスクを24倍高める。PGCが発見した変異体はより多く存在して統合失調症発症リスクはわずか1.06倍だけ高めている。しかしながら、両変異体は同じ遺伝子グループに属し同じメカニズムに関連している。
「よくある変異体と稀な変異体は重なり合う部分があり、何を物語っているのか興味ある」とニールは言う。
各種精神病間で遺伝子を共有
SCHEMAのデーターは、精神病と神経発達障害では広い範囲に渡ってリスク遺伝子を共有していた。例えばSCHEMAが発見した遺伝子GRIN2Aは、以前神経発達障害である癲癇、知的遅れに関連していると言われている。しかし彼らのデーターを更に規模の大きい研究と比較して見ると、重なりは統合失調症のPTVs 変異体、発達障害を起こすミスセンス変異体等、他の種の変異から起こされているのが分かった。
「違った結果が出るのは同じ遺伝子の中の変異の違いから来ているのだろう。遺伝子がどう作用して脳の病気を起こすか、これから研究を進めて行きたい」とニールは言う。
Nature Genetics誌に掲載された世界躁鬱病エクソーム研究共同体の発表では、AKAP11遺伝子のPTVs 変異体が躁鬱病の発症リスクを数倍上げているのが分かった。この高いリスクは今まで分かった遺伝子の中では最も高いものである。
パズルを解く
SCHEMAが発見した遺伝子以外にも、未だ発見されてない関連遺伝子は沢山あると専門家は見ている。
「今まで見つかった10種の遺伝子変異は始まりで、これから沢山見つかると予想しています。しかしそれには更に規模の大きい調査が必要です」とニールは言う。
「統合失調症の生物学的複雑さは気の遠くなるほど複雑です。エキソームから発見された稀な遺伝子変異と、全ゲノム関連研究から発見されたよくある遺伝子変異は解決の第一歩になる。少なくとも統合失調症はシナプスの不全、あるいは崩壊が病気の原因と推測し始めた。研究が更に進むと、現在の診断治療より早く適切に行えるようになる。統合失調症も普通の病気と同じように向き合える。これから遺伝子学、生物学の大変な仕事が待っています」とハイマンは言う。
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