最近の人間の脳を直接映像で見る技術の進歩と動物の脳の研究から動物にとって重要な脳の働きである「実用記憶」が前頭葉前部皮質と深く関わっている事が分かって来た。この脳の部分の構造的不全が分裂病を引き起こしているのではと考えられる。この発見が新しい治療法と予防法の発見に繋がると期待されている。
過去長年にわたって分裂病の感情鈍磨、思考と行動の不自然さはもっぱら個人の資質の問題かあるいは悪魔の為せる仕業かと考えられて来ました。治療は不可能と思われていたのですが、この10年から20年の間に大きな変化があり分裂病の患者の脳の何処に問題があるのかが次第に分かって来た。
分かった事実は
- 前頭葉前部皮質を含む脳内のある部分が上手く働いていない
- 分裂病を発生させる原因の発見
- 分裂病治療精神薬がどう作用するか、どう改良できるかの発見
これらの研究の進歩から悲劇的な分裂病の生物学的側面が分かって来た。分裂病が如何なるものか理解する為に脳の各部分の相互の配線を調べる研究が盛んになるであろう。前頭葉前部皮質に障害があるサルを研究をすると分裂病と似通った行動障害を発見した。その中の1つに実用記憶障害がある。実用記憶とは我々が何かをする時に幾つかの異なった情報を同時に頭に蓄えて置く事が出来る能力である。実用記憶の障害が分裂病患者に見られる歪んだ人間関係、無愛想、思考プロセス障害を説明できそうである。科学者は神経細胞や神経単位からのシグナルを記録しながらサルを使って調べた。サルが認識作業をする時に彼らの前頭葉前部皮質では情報を蓄えておく記憶細胞の回路が形成されることを発見した。この回路は情報を処理したり思考する時に必要なものである。
他の動物を使った実験では実用記憶障害が前頭葉前部のある一定の部分で起きている事をつきとめた。陽電子放射断層撮影で分裂病の患者の脳を見ると記憶作業の最中に前頭葉前部皮質で異常な活動が見られる。磁気共鳴撮影で分裂病患者の生きているときの映像を調べたり、亡くなった後に脳を検査すると前頭葉に構造的な障害を発見している。結果的に磁気共鳴撮影は分裂病の診断に役立つ事になる。
サルの脳の配線系統を調べると前頭葉前部皮質が低い処理センターから高い処理センターへの情報伝達をコントロールしている事が分かった。前頭葉前部皮質には神経伝達物質であるドーパミン関連の神経繊維が非常に蜜に存在するのでこの研究成果が新しい薬の開発に大いに役立つと思われる。神経伝達物質とは神経単位から神経単位へ情報を伝達する化学物質で受容体と呼ばれる部分に結びついて情報伝達をする。
分裂病を調べると前頭葉前部皮質と他の脳の部位に異常が見られる。この異常が正常な脳の活動を妨げるのであろう。遺伝子異常、ウイルスによる障害、生まれるときあるいは成長過程に起きた要因で脳の配線に異常が発生し分裂病をおこすのではと考えられている。最近の研究で動物を使って分裂病に似ている初期の脳の一部障害のモデルを作成した。比較的新しい坑精神薬であるクロザピンが前頭葉前部皮質内のドーパミン放出を促進するのが確認されている。この薬物は分裂病患者の認識障害を改善する。前頭葉前部皮質にはドーパミン受容体グループが高密度に存在してこれがグルタミン酸塩の受容体と互いに作用して神経単位が記憶を作成するのがわかっている。
サルの実験では分裂病改善薬を繰り返し処方すると前頭葉前部皮質のドーパミン受容体の密度がしばしば変化しているのが認められている。このようにドーパミン受容体は認識障害の改善に特に重要な役割をもつであろう。分裂病には他の種類の神経伝達物質受容体も関係しており受容体に作用する薬が今研究されている。
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