2005年3月28日 |
メイン州のボードウィン大学心理学教室ではサム・プットナム氏が子供のシャイの程度を調べる実験をしている。やり方は至って簡単で、安物の石鹸シャボン玉とハロウィーンのマスク、それとポンと音を立てる遊具だけである。研究室は幼児の歓声で溢れているが、研究者は幼児達を慎重に観察している。子供達の動きを見るとシャボン玉に駆け寄る子、音を出すおもちゃに歓声を上げて喜んでいる子、スタッフがハロウィーンマスクを被るとキャーキャー言って喜ぶ子がいる一方、じっと見つめるだけで満足している子や泣き始める子もいる。
この一人一人違う反応こそがプットナム氏が今研究しているテーマである。我々の気質には、新しい物に興味を示し不確かな物にあえてチャレンジするタイプと、既に分かっている物を慎重に選び、安全で居心地の良い場所にいるタイプの違いがある。この違いを調べることにより、人は何故シャイであるのか説明する手がかりを発見できると専門家は考えている。 シャイな子供を見ると、視線を外し肩をまるめて体ぐるっと反転させて「僕なんかかまわないでくれ」と言っているようである。ものおじとは辛い経験であり、生存法則から言うと何故存在するか説明が難しい。人間は社会的な動物であるから、グループから離れる事は適者生存の法則に反する。しかし、この性格は別に希でもなく、ごく普通に広く存在している。「ものおじする性格とは人間の性格の一部だと思います」とオハイオ州立大学のウィリアム・ガーナ−氏は言う。 しかし、科学者には正常に見えてもシャイな人には正常には感じられない。だからこそ専門家は興味を示しているだが、一体、人がものおじするのは何故か。治療法はあるのか、そもそも治療するべきなのか、社交を嫌って何か有益な事があるのか等の疑問に対して、行動の科学、脳スキャン、遺伝子学により少しずつ説明が可能になった。 シャイは単に内向的というものでは無い。例えば、金曜日のパーティーへ行くのをやめて、良い本を一冊読んで自宅にいたからと言ってシャイであるわけではない。しかし、パーティーを考えるだけで予期恐怖がして、それで自宅にいる場合は違う。「知らない人といる時の緊張感とか不確かさを、必ずしもシャイとは言わない。シャイな人は内向的であるが、内向的な人がシャイであると言うわけではない」とハーバード大学の心理学者であるジェローム・カガン氏は言う。 シャイネスとは人があまり口に出したくない状態であるが、世間には多くのシャイな人がいて、多分3人に1人がそうであろう。それには幾つかの理由があり、その内の1つに我々自身が混乱しているからと言うのが最近の研究結果である。 今年の初めに発表された、イタリア・ミラノ市サン・ラファエレ大学のマルコ・バタグリア氏の研究によると、シャイネスの高い子供は顔の表情の判読、即ち普通の顔と怒った顔の違いが分からないと言う。この実験では49人の小学3年生と4年生を集め、彼等に質問票を配り、子供達のシャイネスの度合いを測定した。次に子供達に喜びの顔、怒りの顔、普通の顔の写真を見せて、その反応を見た。同時に脳波計で脳の活動を測定したところ、シャイネスの度合いが高い子供では、高度の思考をつかさどる脳皮質の活動が低下しているのが分かった。それは同時に不安を起こさせる扁桃体の活動が活発なことを意味する。多分、シャイな子供は普通の子供に比べて、顔の表情の判読が下手なのであろうとの結論が出た。顔の表情の判読が出来ないと不安反応が起きてしまう。「表情を正しく理解するのはバランスある人間関係を築く重要な要素です」とバタグリア氏は言う。 スタンフォード大学の心理学者であるジョーン・ガブリエリ氏の実験でも同じ結果が出た。この実験では大人の被験者に顔写真と不気味な写真、例えば事故現場の車の写真を見せた。壊れた車の写真に対しては反応は同じであったが、顔写真を見せた時にシャイとシャイでない人に差が出た。「シャイな人は全てに不安になるわけではない」とガブリエル氏は言う。 シャイを特徴ずけるのは何も顔への反応ばかりではない。遺伝子も関与している。バタグリア氏の実験では、被験者から唾液を採取しDNAを調べた。シャイな子供では、短いタイプのセロトニン搬送遺伝子の変異体を数種類発見した。短いタイプのセロトニン搬送遺伝子がシャイネスに関係あるとの報告は今までもあり、多くの専門家も注目している。「この短い変異体遺伝子を持つ人は一般的にシャイの傾向があり、ストレスに過敏に反応しやすい」とモントリオールにあるマックギル大学の精神科医であるマイケル・ミーニーしは言う。氏もストレスと小心に関する研究を2年間行っている。 もし遺伝的にシャイの傾向をもって生まれた場合、最終的にシャイにさせる物は何か。最初に考えられるのは環境である。20年以上も前に、カガン氏は2歳の幼児を対象としたシャイの研究をした。その研究の結果、グループを避ける傾向の強い子供が後にシャイな性格を発展させていた。ハーバード医科大学のカール・シュウォルツ氏との共同研究では、シャイな子供を10代から大人になるまで追跡調査し、3分の2の人達がそのままシャイであるのが分かった。しかし、残りの3分の1の人達はシャイを解消している。「最終的にシャイになるかどうかは両親の影響、環境、社交等が関係している。シャイに生まれたらクリントン元大統領のようにはなれないでしょうが、努力次第でその中間くらいまでは行ける」とシュウォルツ氏は言う。 もしそうなら、シャイな子供を持つ親は子供を物怖じしないようにしつけるべきであろうか。そうすべきであるとの研究もある。ボードウィン大学の子供とシャボン玉の研究によれば、新奇な物に警戒感を示す子供は感情を内に込める傾向があり、大人になった時に対人恐怖や鬱状態に発展しがちであると警告している。すると、幼児の内にシャイにならないように仕付けなければならなくなる。 2003年に行われた、カリフォルニア大学のエイズ陽性患者を対象にしたテストでは、対人恐怖の傾向のある患者ではそうでない患者にくらべて病気の予後が悪く、血中のウィルス検出数が8倍にも上った。この結果を必ずしも一般化できないが、シャイネスが免疫にまで影響しているのが読み取れる。 それではシャイな性格に生まれたらどうしたら良いであろうか。子供がシャイであったら親は子供に共感を持とう。不安で、ものおじしている状態を悲しいと短絡するのをやめよう。「ちょっと大変だけどお母さんが一緒にいるからねと、不安を和らげる言葉をかけよう」とカリフォルニア大学のレジ−ナ・ポーリー氏は言う。大人であれば認知トークセラピーがあり、不安を客観視させ、ストレス度合いを下げ、不安を和らげる。行動療法は患者をストレスに段階的に慣れさせて行く療法で、対人恐怖には有効である。 (斎藤注:この部分はアメリカの悪い癖、毎回題目を唱えるように同じ事を書く。認知行動療法は神経症治療には意味が無い) しかしセラピーがシャイネスを根本から解消させると考えてはならない。、そうはならないし、そう考える事は危険である。シャイな子供は外向的な子供より友達の数は少ないかも知れないが、学校の成績は良い傾向を示しているし、暴力、犯罪、不良仲間に巻き込まれる危険性は断然低い。「シャイネスは危険ファクターかも知れないが、同時に自身を守る役割もしている」とシアトルのワシントン大学ソーシアルワーク科、デイビッド・ホーキンス氏は言う。氏は1985年以来、シアトル市内で犯罪が多く発生する地域の808人の子供を対象に調査を続けている。 もし生き生きした人生が大いなる成果を達成できるなら、静かな人生はより精緻なものを作り上げるであろう。バタグリア氏が言うようにシャイネスは単に個人差であり、豊かさの一表現かも知れない。シャイネスを研究する人達は次の事実を言うのを忘れない。リンカーン大統領、ガンジー、ネルソン・マンデラ等は全てシャイな人達であり、もしその反対の性格であったら歴史に刻まれなかったであろう。「ノーベル賞作家であるエリオットは子供の頃シャイであった。しかしノーベル賞を受賞している」とカガン氏は言う。 脳科学ニュース・インデックスへ |