性格遺伝子 
1998年4月27日

分子生物学者のディーン ハマーは青い目と薄茶色々の髪の毛を持ち、おしゃべり喜劇のばからしさを理解するセンスを持っている。たばこを嗜みアメリカ国立保健衛生研究所の乱雑な研究室で何時間も過ごす。自由時間には崖をよじ登り、急勾配の雪崩が起きそうなスロープをスキーで滑降する。彼はまた明らかにに事実上の同性愛者でもある。

ハマーをこの性格にするのは何か。奇癖、弱点、才能、特徴などその人の人格を説明するものは何なのか。ハマーはその様な質問を単にするのに満足しないが、しかしその質問には答えようとしている。分子精神医学のパイオニアであるハマーは今性格の核心を決定する遺伝子の役割を研究している。驚いた事にホモ、スリル、煙草喫煙に関する彼の遺伝子研究は彼自身の遺伝子傾向を示す事になった。

彼の研究成果はその殆どが科学雑誌に発表されたものだが、読みやすく手に入り易い形の本になりそのタイトルは「遺伝子と共に生きる」です。その最初の部分でハマーと共同執筆者であるピーター・コープランドは「あんたのパーソナリティーの一部は丁度貴方の足のサイズや鼻の形を選べ無いほどに選択は難しい」と言っています。

最近まで行動を決定する遺伝子の研究は心理学者と心理療法家によって主に双子の研究でなされていました。それは一卵性双生児における遺伝子の重要な役割の研究です。例えばノースウェスターン大学のマイケルベイリーは一卵性双生児の一方がホモであるともう一方の方も50%の確立でホモになる事を示している有名な事例があります。
7年前にハマーはこの双子の研究で残していった遺伝子を取り上げ、そのDNAの紐の内、気分とかセックス性向に影響を与える部分の研究を開始しました。

その後ハマーは基礎研究から行動遺伝子学に変わった。ハーバード大で博士号の学位を取得後、メタロチオネインの生化学を10年以上も研究した。メタロチオネインとは蛋白質で銅とか亜鉛などの重金属を体内で細胞が代謝する時に使用される物質である。その頃彼は40才を過ぎる時だが、急にメタロチオネインについては興味を無くした。彼の言葉によれば「正直言ってもう飽きた、何か新しいものをやってみたい」と述懐している。研究対象の変更にはダーウィンの著書「人間の系図と性に関する淘汰」が多く寄与している。

「私は読み進めてダーウィンが人間の振る舞いが部分的に遺伝で規定されているとダーウィン自身確信しているのを見て感激しました。その頃は遺伝子どころかDNAも発見されていない頃ですからね」。 同性愛を研究するのは丁度格好の時で、多くの科学者が感情的にも政治的にも非難された同性愛の研究を避けていたからです。肩をすくめながらハマーは「私は同性愛ですよ、でもそれが主な動機ではないです。それよりむしろ知的好奇心でしょう。それにその頃誰もこのような研究をしませんでしたから。」

このハマーの研究結果は1993年に雑誌「科学」に掲載されたのですが、これが大旋風を巻き起こし、今でもそれが止んでいません。ハマーとその研究グループによれば男性同性愛はXクロモソムの先端にあるDNAの1つながりに関係している。このクロモソムは母親から受け継ぐものである。3年後の1996年ハマーとそのアメリカ国立保健衛生研究所の協力者はイスラエルの研究者が発表したクロモサム11上の遺伝子が心理学者が言うところの「物珍しさを追う」性格上の特性と関連すると言う報告を支持した。その同じ年にハマーの研究室はクロモソム17にある遺伝子が不安を調節する役割を持っている事を突き止めた。

ハマーは体の特性を規定する遺伝子と違ってこれらの遺伝子は同性愛者になったり、ロッククライマーのような向こう見ずになったり、絶えず不安を感じる心配性にさせるものではないと強調する。性格の生物学はそれほど簡単でない。それよりむしろこれらの遺伝子は目に見えない形で心に働きかけ各人が同じ経験をしても驚くほどの違った反応を示すとハマーは言う。

これらの発見で面白い事は発見された事実が他の研究者によってはっきりと再現されない事だと、他の専門家が警告しています。何故だろう、1つの可能性としてハマーの研究によっても遺伝子と個人の性格とを結び付ける事実は存在しないのかも知れない。
しかし更に返答に困る問題がある、例えばトマトの香りをつける遺伝子を考えてみたまえと国立精神衛生研究所のデニスマーフィーは言う。その酢っぱ味と言う単純な問題を考えてみても30からの遺伝子が共同作業で作り出している。その上で彼は気質や精神疾患に罹り易い体質には多くの遺伝子が絡んでいて、個々の遺伝子は全体効果の一部を担当しているに過ぎないと推測する。

個性を作り上げる遺伝子を探す作業は大変難しい。DNAその物は僅か4つの化学物質、アデニン、グアニン、シトシン、チミンで出来ているが1つの人間の遺伝子を作るのに100万個の組み合わせから成り立つ。これらの遺伝子は人それぞれで違っているがそれはこの化学物質文字で1000個に1個の割合である。このほんの小さな違いこそハマーと同僚が今見極めようとしている課題である。
その中でも特に脳内化学物質であるドーパミン、セロトニンの働きを調節する変種が特に興味がある部分である。この2種類の物質は気分を調節する作用がある事は良く知られています。所謂珍奇を求める遺伝子は神経細胞がドーパミンを如何に効率よく吸収するかに関わる遺伝子と考えられています。所謂不安遺伝子はセロトニンの作用に関わる遺伝子ではないかと考えられています。

何故こういう事が起きるのか、結局ハマーとコープランドはその本で述べていますが、「遺伝子とは恥ずかしがりとか外向的とか幸せとか悲しいとかを決定する物でなく、遺伝子以上に大きな化学物質の構造を設計作成する物質である。」遺伝子は腎臓とか皮膚とか脳の蛋白質を生産する司令を出している物質なのです。であるからハマーは次の様に推測します。
珍奇を求める遺伝子の一部はドーパミンを吸収するのに能率の悪い蛋白質を生産する。ドーパミンと言う化学物質は何か激しい経験をした時に喜びの感覚を作り上げるものだから、この遺伝子を持つ人はスリルを求めてドーパミンの生産を活発にしようとしているかも知れない。

ハマーも他の批評家も言うようにそれでも遺伝子その物は脳内化学反応を調節しない。最終的には環境が遺伝子をどう作用するかを決定する。環境が違えばハマーでさえ科学者になるより高校途中退学者になったかも知れない。なぜなら彼はニュージャージー・モントクレアーにある裕福な家庭に育ったがとても模範的な子供ではなかった。笑いながら彼は言うのだが「私は今ごろ注意不全症でリタリンを処方されていたかも知れない」。高校の終わり頃彼は有機化学と出会う。そして手におえない若者から第一級の生徒になる。ハマーは更に言う。我々は気質を持って生まれて来るが、経験を通して学ぶ事が出来るのはこの表現の難しい人格と言う物が気質をコントロールするからである。

次の10年以内に人の振る舞いを直接的にあるいは間接的に決定する遺伝子が数千も発見されるだろうとハマーは推測する。
彼の研究室の外の廊下にあるフリーザーを覗き込むとそこには急激に増えつつあるプラスチックチューブがある。その中には1760人以上の志願者から集めたDNAサンプルが入っている。志願者のなかには同性愛の男性とその兄弟であるが正常な人、新奇を求める人、それを避ける人の色々の組み合わせ、恥ずかしがりの子供、段々増える煙草喫煙者のサンプル等。

ハマーは職業上自分自身への興味を彼の研究から遠ざけるが、彼の研究への興味が自分自身を発見と言うところから来ているのは間違い無い。間も無く彼の研究室は禁煙を出来る人と出来ない人に関わる遺伝子の研究成果を発表する。彼のシャツのポケットからはみ出している煙草の箱を見ると彼は間違った遺伝子を引いてしまったのだらう。彼は禁煙を試みたが失敗していると白状している。「もし私が禁煙すればそれは私の個性による物である」、しかし出来なければそれは言うまでもなく遺伝子による物である。


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