自傷行為

2019年11月11日


「アイスクリームの棒を尖らせて皮膚を傷つけた。自分でも何故こんな事するか分からないし、自分自身恐ろしかった。切り始めると5分から15分はする。これが唯一精神的苦痛を鎮める方法なのです」とニューヨーク市の女子高校生ジョーンは述懐する。多くの自傷行為患者は、木の棒からナイフ、カミソリの刃と変化し、場所は手首から腕、体全体に及ぶ。

思春期の女子の自傷行為は近年急激に広まっていて、専門家も十分捉え切れていない。アメリカ、カナダ、英国を含む10か国で実施された調査では、思春期女性の5人に一人は自傷行為をしている判明している。自傷行為を継続してやる人の自殺率は高い。

これほど自傷行為が多いにも関わらず、専門に研究している機関、治療を専門にする病院は大変少ない。そのため患者が治療を求めると、警戒され、過剰に対応する。自傷行為は単に症状と見られるから治療も対症療法になる。

最近は専門家も立ち上がり、自傷行為の動機、生物学的要因、ストレス等を調べ始めた。治療への模索の結果、境界領域障害の治療に使われる会話療法が有効であるのが分かった。

「自傷行為は今まで性的虐待を受けたような人たち特有の現象と考えられていた。所が最近は一見健康な人でも自傷行為をするのが分かり、研究資金も集まるようになった」とマサチューセッツ州マールボロで自傷行為を治療しているバレット・ウォルッシュは言う。

16歳の女性ジョーンは13歳から自傷行為が始まり、今でも毎週やると言う。
自傷行為は自殺未遂ではないかとよく間違われる。当然で、両親が子供が血だらけになっているのを見れば動転する。しかし手を切るのは自殺とは違う。
「こうする事によって、激しい不安、自己嫌悪、感覚の麻痺から助かるのです」とニューヨークの女高生ブルーは答える。

自傷行為の蔓延がスマホ中毒と関連しているかは分からないが、1980年以前にはそれほど問題ではなかった。1990年代に入ると、自傷行為とその悲惨さは、ポップカルチャーの世界にも入って来た。ダイアナ王女が自分自身の体験を述べているし、俳優のジョニー・デップとアンジェリーナ・ジョリーも語っている。ピンクの2010年のミュージックビデオは、生々しい切る行為が含まれている。この頃には沢山、インターネット掲示板が形成されて、自傷行為を論じている。中にはメンバーに入った証として、会員に自傷行為を要求する所も現れた。

「最近若い子が変な情報に影響されて、自傷行為を美化している。先だって私は病院にいたわけですが、若い女の子が私の腕の傷を見て、どうやってこの傷作ったのと聞く。気持ちが悪い、私もしたいと言う。彼らも自傷行為がしたいのだろう」とブルーは言う。

自傷行為をするのが、精神的に追い込まれている女子ばかりでないのが最近の調査でわかった。コーネル研究プログラムを指揮しているジャニス・ウィットロック氏の調査では、経済的に恵まれている大学生の5人に一人が自傷行為をしていた。多くは17歳から18歳に開始しているが、早くは15歳で始まる。
「一度自傷行為をすると止めるのはむずかしい。4人に3人はその後も繰り返し、その内の20%位は自傷行為依存症になる」とウィットロックは言う。

「何かが何時も私を苦しめていた。追い詰められる度に切った。でも今考えると、何でそこまでやったか理由が説明できない」と32歳になるナンシー・デューピルは言う。彼女の自傷行為は10年以上に及び、最近はセラピーで回復している。

彼らに取って自傷行為とは心の平静を得る手段だ。血、火傷、切り傷がむしろ勲章になる。孤独と感情の揺れで苦しんでいる時、自傷行為は何時でも来てくれる友達である。

「体の痛みが心の苦しみの防波堤になっているのかも知れない」とフロリダ州立大学のヨゼフ・フランクリンは言う。

「脳内で、心の痛みを感じる回路と体の痛みを感じる回路は別であるが、重なっている部分もある。実際にそうなるかははっきりしないが、火から手を引っ込める動作は心理的にも不安から解放するとの報告もある。文献によると、肉体的、精神的苦痛から逃れて安堵する事を痛覚相殺解放と呼ぶ。体の痛みが実際心の苦しみを和らげるのだから、彼らは自傷行為はやってもよいと考えるのでは」とフランクリンは言う。

精神医学では自傷行為を病気として見るのではなく、一つの症状として見る。故に、医者はそれぞれ鬱、ADHD、PTSD、境界領域、躁鬱病と別々の名前を付ける。
「私は躁鬱病とも鬱病とも境界領域とも診断された。ある診断で処方された薬を飲んだらパニックを起こし、酷くけがをした。私の激しい不安、苦痛は子供の頃受けたトローマの影響だと思う」とデューピルは言う。

オハイオ州立大学のセオドア・ビュケインが今年の夏に発表した論文によると、家族からトローマを受けた人、あるいは注意欠陥障害と診断された10代前半の女性では、その後自傷行為になる率が大変高い。故に注意欠陥多動性障害とトローマの治療が大切であるとしている。

自傷行為に特に有効とされるのは、境界領域の対話療法である。
この療法は、一対一あるいはグループで行い、普通毎週一回行いそれを2か月する。会話をしながら、心理的に追い詰められた時どう切り抜けるかを習う。この中には瞑想法も含まれるが、弁証法的行動療法と言うのもある。弁証法的行動療法とは、ワシントン大学のマーシャ・ラインハンによって開始された療法で、患者に精神的パニックを経験した時、今までとは逆の対応を要求する。

ニューヨークにあるズッカーヒルサイド病院に入院した800人の患者のテストでは、弁証法的行動療法を実施すると、従来より、病院滞在日数が2週間は短くなったと言う。その他にも、実際苦しみを経験した人の指導の下で認知療法するとより効果が上がった。

「彼等の行動に興味を持ち、患者に耳を傾ければ希望は十分にある」と デューピルは言う。



脳科学ニュース・インデックスへ