2018年5月24日 |
|
子供の頃に経験した虐待は生涯に渡って心的、肉体的影響を残すのが分かっている。影響は心の病の発症原因になる他に、癌、卒中をも引き起こす。しかし最近の報告によると、虐待の後遺症は本人ばかりでなく、その人の子供、孫まで及ぶと言う。
今まで考えられなかった事であるが、最新の研究がネズミを使ってそれを証明している。タフツ大学のラリー・フェイグ等による、虐待は人の精子に影響を与えて、影響は三代に渡るとの研究結果が、”Translational Psychiatry”誌に今週発表された。 遺伝子はタンパク質をコードし、タンパク質は体全体を作るから、遺伝子情報により体は作られ、その形質は遺伝子により次の世代に受け継がれる。しかし、実は体も遺伝子に影響を与えていて、体と遺伝子は双方向に影響し合っているのが分かって来た。体は環境の影響により、遺伝子表現をオンにしたりオフにしたりしている。これをエピジェネティックと呼ぶが、このエピジェネティック効果が次世代に受け渡されるメカニズムを研究は説明している。 フェイグ等は、28人の男性ボランティアに質問表を配り、子供時代に受けた心理的虐待について答えてもらった。同時に彼らから精液を提出してもらい、精液中のマイクロRNAの変化も調べた。 目的はマイクロRNAとメッセンジャーRNAとの関連を調べるためであった。 メッセンジャーRNAはDNAから情報を読み取り、細胞の蛋白製造工場に情報を運ぶ役割をする。マイクロRNAはメッセンジャーRNAを不活性にする力があるので、 精子のマイクロRNAの変化は、遺伝的影響を及ぼす。 実際虐待を受けた男性の精子では、マイクロRNAである miR-34とmiR-449が一般に比べて100倍も薄かった。 その意味を検証するために、研究ではネズミを使って虐待を受けた時に同じ結果が出るかどうか調べた。通常、ネズミに虐待経験させるには、ネズミを別の籠に入れて他のネズミと一緒にさせる。このストレス経験をネズミが大人になるまで繰り返す。 実験の結果、虐待を受けた雄ネズミの精子では、miR-34とmiR-449のレベルが低かった。この雄ネズミを、ストレスを経験していない雌ネズミと交配させると、生まれたネズミの胎児の両マイクロRNAのレベルも低かった。生まれた雄ネズミの精子中の両マイクロRNAも同様であった。 ストレスを与えられた雄ネズミから生まれた雌ネズミはより不安を感じやすく、他のネズミに警戒的であった。ストレスを与えられたネズミから生まれた雄ネズミは、不安を感じやすい雌ネズミを生み、ネズミの虐待経験は3代に渡って影響を及ぼした。研究では、直接miR-34とmiR-449のレベルの変化が遺伝原因とは言っていないが、重要なヒントがこの研究から読める。 フェイグ等は今後、実験に参加した男性の父親に質問し、エピジェネティック変化を起こしたストレスは研究に参加した人の経験か、あるいは父親が経験したものかを調べる。この調査は、被験者の姉妹及び娘までする予定だ。 研究は大変野心的で大いにインパクトのあるものだった。現在の技術では、遺伝子そのものの修復は出来ないが、エピジェネティック的遺伝子変化は修復可能だ。例えば一定のマイクロRNAのレベルを上げるのが一例で、もし出来るとすればその応用範囲は広い。 脳科学ニュース・インデックスへ |