どもりの原因

2020年9月23日


ジェラルド・マッグアイアは、子供の頃からどもる傾向があった。カリフォルニア大学で精神科医をしている彼は、過去25年間、抗精神病薬を自ら服用して自分のどもりを治療をしている。 彼がどもりとは人は気が付かないが、発音が難しい時、注意をしていると分かる。

どもりは世界では7000万人、アメリカでも300万人が悩んでいる。症状として、発音の最初の部分が難しく、同じ音を繰り返したり、あるいは発音しないで諦めることもある。子供では5%がどもると言われているが、多くは成長と共に消えて行く。人口の1%はどもりで、有名な例では、民主党大統領候補であるバイデン、俳優のジェームズ・アール、女優のエミリー・ブラントがそうである。成功している人もいるが、大半は社会で苦しみ、世間の無視に耐えている。

マッグアイアは、10年以上治療法を模索していて、一般からEメールを受けては患者の相談や治療に当たっている。今、エコピパムと言う新しい薬を試しているが、どもりの改善に成功したという。
一方、どもりを起こす原因の研究も行われていて、過去には舌、喉頭の構造的問題としたり、不安、トローマ、両親の子育てのせいにしたりしていた時期もあったが、今では遺伝子、脳の構造に原因を求める事が多い。

ミシガン州立大学のスコット・ヤラスは、どもりとは神経障害ではないかと言う。
1991年、どもりの人の脳では、血流が普通の脳とは違うという報告があった。以来、どもりと脳の構造の関係を指摘する報告が寄せられている。
「どもりの研究については、今は大変活発です」とヤラスは言う。
確かに、どもりの脳は違っているが、果たしてそれがどもりの原因になっているのか、あるいは、どもるから変化が起きたのかが分からない。最近はどもりを起こすであろう遺伝子変異に注目が集まっている。

回路の遅滞
どもりの人の脳を普通の脳スキャンで見ても分からない。違いを見るには、脳の深部の構造を見る特殊な機器を使う必要がある。
どもりは、脳部分の連結の問題だとミシガン大学のスーウン・チャンは言う。どもりの人では、聞き取り、会話に関わる脳の部分の連結が弱い。右脳、左脳を結ぶ脳梁でも構造的違いが見られるとチャンは言う。脳梁に問題があると情報交換に遅れが生じて、当然会話がスムーズに出来ない。

子供のどもりは大人になると80%は解決するが、残りの20%はそのまま残る。子供は2歳ころから少し長い言葉を発声し始めるが、ちょうどその頃どもりが起きる。子供が成長するに従って脳の連結が強化されてどもりも治るが、どもりのままの人では強化が見られない。

チャン等は、脳の血流状態を見て脳の連結の様子を調べた。すると、どもりの脳では、デフォルト・モード・ネットワークと呼ばれる回路がじゃまをしているのが分かった。この回路は、鬱状態の人が過去と未来を繰り返し反芻思考する時に活発化する回路である。どもる子供では、デフォルト・モード・ネットワークが、あたかも人の会話に割って入るような動作をしているように見える。

家族とどもり
遺伝学を専門とするデニス・ドレイナは、2001年に驚くべきEメールをアフリカから受け取った。
「私は西アフリカのカメルーンに住んでいるものですが、私の父は部族長をしていて、3人の妻と21人の子供がいます。残念ながら私の兄弟は全員どもります」とEメールは言う。
ドレイナはアメリカ国立研究所で会話障害を研究しているが、どもりについても興味があった。彼の叔父、兄、彼の生んだ双子の子供がどもりであるためだ。Eメールを受け取って直ぐ行きたかったが、彼の技術では荷が重いとしてアフリカ行きをためらった。

この問題をアメリカ国立衛生研究所の所長であるフランシス・コリンズに相談した所、直ぐ行くべきと言われた。アフリカ行きを決意し、同時にパキスタンにも飛んで、従弟同士の結婚で生じたどもりのケースも調査をすることにした。

どもりは、血液型とか、そばかすのような簡単な仕組みの遺伝ではないから、遺伝子の発見は容易でない。でも、パキスタンに行ったことにより、GNPTAB、GNPTG、NAGPAの三つの遺伝子変異と、カメルーンからはAP4E1と言う遺伝子変異を発見した。ドレイナによると、5人に一人は、これ等の遺伝子でどもりを発症するという。

不思議な事に、ドレイナが同定した遺伝子はどれも会話とは直接関係がない。これ等の遺伝子は、細胞内老廃物の除去やリサイクルの役割をするリソソームと呼ばれる細胞小体に物質を送り込んでいる。

そこで発見した遺伝子がどんな役割をするか、遺伝子工学で作成したネズミで調べた。ネズミは超音波で発声するため人間には聞こえない。「機械で録音して調べると、発声に遅れ、中断があった」とドレイナは言う。

ネズミの脳の構造を調べると、脳梁にある星状グリア細胞の数が少ない。星状グリア細胞は、神経細胞にエネルギーを供給し、老廃物を処理する。この細胞の数が少ないと、左右の脳の交信速度が低下して、発声に障害が生じるだろう。

ドレイナの発表に対して、メルボルン大学のアンジェラ・モーガンは、素晴らしい発見だと賛辞を寄せたが、マッグアイアは批判的だ。このような重要な遺伝子が、脳梁だけに問題を起こすとは考え難いと彼は言う。ネズミの声と人間の声を結び付けるのも、少し無理があると述べる。

ドーパミン
一方、マッグアイアはドーパミンでどもりを治そうとしている。ドーパミンは神経伝達物質の一つで、神経細胞を活性化したり抑制したりする。活性あるいは抑制は、脳のどの部分で、どの受容体に作用するかで違ってくる。1990年代では、マッグアイアはPET脳スキャナーを使ってどもりを研究する最初の研究者であった。彼は、どもりの人たちではドーパミンの活動が過剰で、脳のある領域が麻痺していると言う。

2009年に、D2ドーパミン受容体遺伝子を持つ人では、どもる傾向があるのが分かった。D2受容体遺伝子はドーパミンを活発化させるので、ドーパミンを抑えればどもりが治せるのではと彼は考えた。一般に抗精神病薬はドーパミンの活動を抑える。以後、マッグアイアは抗精神病薬を使って患者の治療を試みている。

残念ながらまだアメリカ食品医薬品局は、抗精神病薬をどもり治療には認めていない。厄介なのは、体重の増加、筋肉の硬直、動作障害、鬱状態等の副作用があることだ。抗精神病薬は、D2ドーパミン受容体に作用する。マッグアイアが使うエコピパムは、D1ドーパミン受容体に作用するので副作用を低減できると彼は言う。 マッグアイアが実施した10人の臨床テストでは、エコピパムを飲んだ患者は、どもりが改善していた。

電極の装着
一方チャンも頭皮に装着した電極で脳を刺激して会話の改善を図っている。
どもりの解決にドーパミン、細胞老廃物除去、神経細胞の連結に焦点が絞られて来たが、これらをまとめてどう考えたら良いか。チャンによれば、脳のどもりを起こす神経回路は、ドーパミンを消費するからドーパミンが重要な役割をするという。

ここでも脳の画像が、重要な役割をする。先ず、脳スキャンで怪しい部分を見つけ、遺伝子の活性度合いで比較する。すると、ドレイナが発見した2つの遺伝子、GNPTG、NAGPAが、普通の人でも話す時に活性化していた。恐らくこの2つの遺伝子が会話に重要な働きをしているのだろうとドレイナは推定する。この遺伝子が活躍していないと会話に遅れが生じるからだ。

エネルギーを処理する遺伝子も活性化している。どもりが起こりやすくなる小学入学前に、脳の活動が活発になり、この時に必要なエネルギーがないと、どもりは起こり得ると彼女は言う。マッグアイアもエコピパムに強い希望を持っていて、間もなく、68人を対象にエコピパムの臨床試験をする。もしこれが成功すると、彼の夢が実現することになる。



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