ストレスに耐える個人差

2007年10月18日

何故ある人にはPTSDが起きて他の人には起きないのであろうか。今回の研究発表により、心理的ストレスに強くなるメカニズムが見えてきた。

今回の研究は、ストレス受容力には分子メカニズムが関与しているのが分った。研究ではストレスに強いネズミと弱いネズミを詳細に研究しそのメカニズムを調べた。

人間では強いストレスが心の病、例えばPTSDとか鬱病を引き起こす。しかしそれには個人差が大きく作用していて、原因が何であるかは専門家も分らなかった。ただ、ストレスに対処する何等かのメカニズムがあるのでは無いかと考えられていた。

この研究発表はバシュナフ・クリシュナン、ミン・フハン、エリック・ネスラーとテキサス南西医療センター、ハーバード大学、コーネル大学の研究者等によって”細胞”誌に10月18日に発表された。

ストレスに対する脆弱度は、ネズミをカゴの中に入れて攻撃的で強そうなネズミと同居させて、その結果引き起こされる引きこもり状態で測定する。ストレスに脆弱なネズミは、カゴから出て1ヶ月を経ても他のネズミを避ける。この場合、ストレスがネズミを圧倒し、このネズミはストレスに対して脆弱と判断する。大方のネズミは1ヶ月後には他のネズミとの関係を回復する。この違いから、ネズミの脳にストレスを処理する生物学的メカニズムがあるのでは無いかと研究者は推測した。

「哺乳類では、ストレスにあった時それを上手く処理するメカニズムがあり、人間にもそれがあります」とトーマス・インセルは言う。

脳の神経細胞の中で、神経伝達物質のドーパミンを作る神経細胞を調べると、ストレスに襲われた時、神経細胞から発射される信号の度合いに違いがあるのが分った。ストレスに弱いネズミは、ストレスを浴びるとこの神経細胞から激しく信号が出ているのに対して、ストレスに強いネズミでは普通の信号を出していた。理由はストレス防護メカニズムの存在であり、このメカニズムでは、カリウム(K)をあるチャンネルを通して神経細胞に送り込み信号の発射を押さえていた。

ストレスに弱いネズミは頻繁な信号発射の結果、BDNFと呼ばれる蛋白質の活動が活発であった。この蛋白質は以前の研究でも同じ研究者からストレスの弱さに関係していると指摘されていた。ストレスに強いネズミはBDNF蛋白の活動も落ち着いていた。

このストレス防御メカニズムは、脳の報酬に関わる部分である腹側被蓋野VTA (ventral tegmental area)と側座核NAc (nucleus accumbens)に存在した。脳のこの部分は生存を確実にするために行動を繰り返すよう命令している。

ストレスに対する脆弱性、強靭性を調べるために、研究チームは広範な角度から実験を進めた。

「この研究は綿密で広範に行われているから、得られた仮説に強い説得力がある」とインセルは言う。

ストレスに脆弱なネズミが生産する過剰な BDNF蛋白は、腹側被蓋野(VTA)で生産されているもので、側座核(NAc)では無かった。腹側被蓋野から発射される BDNF蛋白シグナルがネズミをストレスに対して脆弱にしていたのだ。薬物を投与してこのシグナルを停止させるとストレスに強いネズミに変化した。

遺伝子を調べると、ストレスに強いネズミでは腹側被蓋野にある遺伝子がストレス状態で活発に作動していた。この腹側被蓋野の遺伝子がストレス脆弱メカニズムを抑制していたと考えられる。

又、BDNF蛋白を作る遺伝子の自然に起きる突然変異が、ストレスに対して強くなるように働いているのも分った。この遺伝子変異は、BDNF蛋白の生産を抑制するように働くから当然ストレスに強くなる。

研究では、亡くなった人で鬱病の病歴のある人の脳と、ストレスに弱いネズミの脳を比較した。両方の脳の報酬に関わる領域で、BDNF蛋白が通常レベルより高かった。これはストレスと鬱状態の生物学的関連を示している。

「BDNF蛋白とそこから出るシグナルを抑制すれば、ネズミをストレスに強いネズミに変える事が出来るのは面白い。人間でもPTSD治療薬の開発につながる可能性がある。しかし、BDNFを抑制すると他のプロセスで障害が起きる事も考えられるから、これからより安全な方法を探さないとならない」とネスラーは言う。



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