不安の断捨離

2023年9月20日

従来の心理療法では不安に悩む患者に対して、嫌な考えから逃げず向き合って不安を受け入れるべきと指導した。しかし最近発表されたThe journal Science Advances 誌の研究によると、嫌な考えを頭から追い出して完全に封じてしまうのが良いとしている。 これはジークムント・フロイトの主張する、人は嫌な考えを意識、無意識下に抑圧するに似ている。

「参加者の実験前と後を比較すると、明らかに症状が改善している。そんなに心配しなくなり落ち込まなくなった。体が軽く生活は向上したと言う」とケンブリッジ大学のマイケル・アンダーソンは言う。

しかしこの発表には批判的な専門家もいる。
「面白い結果ではあるが、実験規模としては小さい。従来のやり方であるトローマの解決には事実を話して経験を外にさらす方が良いとは逆になる」と南オーストラリア大学のマイク・マスカーは言う。

ケンブリッジ大学の研究は、世界16か国から参加した120名のボランティアに嫌な考えを黙殺する方法で実験を開始した。
「先ず参加者には不安、恐怖を幾つかあげてもらい、それにタイトルをつける。次に感情的に中立な事柄を選びそれにタイトルをつける。最後は予定する楽しい事を選びタイトルをつける」とアンダーソンは説明する。

ある参加者は両親がコロナに感染して呼吸器につながれるのではないかと恐れていた。この場合、恐れのタイトルは病院であり、詳細は呼吸、コロナと書く。

「参加者は3日間恐怖、不安を抑制する訓練を受ける。訓練の仕方はコンピューターのスクリーンを見てその中央にタイトルが現れたら、このタイトルが緑であるなら事柄を想像する。タイトルが赤ならしっかり見ながらも湧き上がる不安恐怖を強制的に停止する。停止は完全停止であり妄想も許さない」とアンダーソンは言う。

「この実験で参加者は3日間恐怖を考える事が許されなかったが、三日目頃にはコンピューターなしに自分で実行するようになった。研究で分かったのは、嫌な考えを抑制すると心の状態が改善したことだ。不安を思い悩むことが少なくなり落ち込みも減った」とアンダーソンは言った。

「嫌な考えを抑制したグループと中立な事柄を抑制したグループを比較すると、嫌な考えを抑制したグループでは心の改善が目立っていた。特に鬱の改善が注目される。効果が出る理由として、不安の抑制により不安の記憶がぼけたこと、切り刻むような不安から解放されたことが大きい」とアンダーソンは言う。

専門家の一人はこの発表に異議を唱えた。
「われわれは沢山の音に囲まれているが、その全部を遮断したらどうなるか。無意識のうちに音を選択しているわけで、不安とか感情に影響を与えないだろうか。緊急救助隊員にはそのような感情抑制が要求されるので、心と体に変調をきたすと言う。大体患者は嫌な考えを抑圧することが出来ないし、それを実行するには薬と心理療法が必要だ」とマスカーは言う。

そのような批判があってもアンダーソンは気にしない。何故なら実験をした人の多くが自発的にこの方法を実行したからだ。
「実験後もやるように言った覚えはないのに82%の人たちがその後も試している。彼らは不安黙殺が正しいと気付いたのです」とアンダーソンは言う。

参加者の一人は大変効果があったものだから、やり方を家族にまで伝えたと言う。
「これを聞いて私は感動した。目の前の人が救われたのです。どうして更に説明する必要があるだろうか」とアンダーソン研究室のズルカイダ・ママットは言う。



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