統合失調症解明に一歩前進

2016年1月27日
今週の水曜日に、統合失調症に関する画期的研究発表が雑誌”Nature”にあった。この研究は統合失調症ばかりでなく、他の重要な精神病病理に踏み込むものと期待される。

アメリカでは今、200万人以上の人が統合失調症と診断されているが、残念ながら、今ある薬は症状を和らげる事が出来ても、治すまでには至っていない。今回の研究は、何故統合失調症の人の前頭葉皮質が薄いのか、何故思春期に発病するのかの疑問に答えていて、統合失調症解明に一歩前進している。

「良い仕事をしてくれた、これこそ今まで求めていたのだ」とコロンビア大学遺伝学のデイビッド・ゴール ドシュタイン教授は言う。彼自身は、今までの大規な統合失調症リスク遺伝子探索プロジェクトには批判的であった。

この研究では、”シナプス刈込”と呼ばれる成長過程に起きる脳の現象に注目している。”シナプス刈込”とは思春期の脳に起きる現象で、脳が弱い脳細胞連結や、あまり使われていない連結を削除する。例えば、ピアノ、バイオリンの習得は刈込以前に学習すると早く学習できるが、それ以後になると脳は不要と判断して、回路を閉鎖するために習得が難しくなる。同様に、言語も刈込以前なら他言語の習得が可能であるが、思春期以後ではその能力が大幅に落ちる。

前頭葉とは高次の判断をする脳の重要部署であるが、ここで思春期にシナプス刈込現象が起きる。最近の研究によると、統合失調症の患者の前頭葉では、神経細胞の連結数が健康な人に比べて少ないと言う。今回の研究でも、シナプス刈込を異常に促進する遺伝子を持つ人は、その遺伝子を持たない人に比べて統合失調症を発症しやすいのが分かった。

研究では、このシナプス刈込遺伝子を特定している。統合失調症の患者では、ある遺伝子の変異体が、通常以上に刈込標識を付けているとしている。
しかし、あまり先を急がないように警告する専門家もいる。カリフォルニア大学大学精神科のサミュエル・バロンデスは、「この研究は説得力があるが、まだまだ先は長い」と言う。

今回発表された研究は、ハーバード医科大学、ボストン子供病院、ブロード研究所の研究者からなるチームにより達成された。彼等は、最初に主要組織適合遺伝子複合体と呼ばれる遺伝子領域に焦点を絞っている。この部分は従来から統合失調症発症に最も関連していると考えられていたからだ。

「主要組織適合遺伝子複合体は、ゲノムの中で今まで最も注目されていたが、難解な場所で、ここに何があるかが分からなかった」とブロード研究所のエリック・ランダーは言う。
この領域には、生体免疫反応に関する遺伝子があり、侵入してくるバクテリアに標識を立てる役割をしていると推測されている。そのため、統合失調症は自己免疫反応ではないかと疑う人もいる。自己免疫反応とは、自分自身の細胞を外敵と判断して攻撃する反応だ。

ハーバード大学助教授のスティーブン・マックキャロル等は、最近の統計手法を使って分析し、主要組織適合遺伝子複合体にC4 と呼ばれる遺伝子の変異株4個を発見した。そして、この遺伝子が、C4-AとC4-Bと呼ばれる2つの蛋白を生産していた。更に64,000人以上のゲノムを調べた所、統合失調症の患者は、健康な人に比べて過剰に活性化したC4-Aタンパクを持っているのが分かった。 「C4-Aタンパクが統合失調症を発症させているのではないかと考えた」とマックキャロルは言う。

マックキャロル等は、ボストン子供病院の神経学助教授のべス・スティーブンスに出向いた。スティーブンスは2007年にゲノム中の主要組織適合遺伝子複合体と呼ばれる部分が、思春期の神経細胞シナプス刈込現象に関与していることを報告している。

スティーブンス研究室は、C4タンパクの役割を調べるために、C4タンパクを生産する遺伝子を欠い たマウスを作り、C4タンパクが欠如するとシナプス刈込に異常を示すのを確認している。
これ等から「C4-Aタンパクが多すぎると、思春期のシナプス刈込が過剰になるのだろう」とスティーブンスは言う。これは、統合失調症患者の前頭葉皮質が薄い理由になり、思春期に統合失調症の症状が現れる理由にもなっている。

「今回の発見で今まで謎であった統合失調症の数々の疑問が解けた」とマックキャロルは言う。
マックキャロルによると、この遺伝子変異体を持つと、統合失調症の危険度が25%増すと言う。人口の1%が統合失調症を発病するから、患者数は1.25%に増えることになるが、これでは国民全体を健康診断させる理由にはならない。しかし、若い人が急に普段の活発さがなくなり、幻聴、幻覚を訴えるようになったら違う。出来るだけ早く危険な遺伝子を発見して、彼等の予後に役立てたい。
シナプス刈込については未だほとんど分かっていないから、シナプス刈込速度を落としたりするのは未だ先の話だ。何故C4-Aタンパクが異常な刈込を促し、C4-Bがそうではないかも分かってない。

「この研究結果に我々は大変興奮している。しかし、患者に実際に朗報をもたらすまでは喜ぶのは未だ早い」とエリック・ランダーは言う。



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