思い出すべきか忘れるべきか

2023年7月11日

今まで何十年にもわたって、アメリカでは子供の頃経験したトローマにどう対処したらよいかの意見で揺れ動いていた。嫌な記憶を敢えて思い出して折り合いをつけるか、激しい記憶を穏やかなそれに変化させるべきか、それとも何もしないでそのままにしておくべきかと。

キングズカレッジ・ロンドンとニューヨーク市立大学は、共同でこの難問を解くために少し変わった研究をした。研究では1196名のアメリカの大人が選ばれて、その不安と鬱を15年間に渡って調査した。彼等の内665名は裁判記録から12歳になるまでに身体的あるいは性的虐待を受けていたが、本人は自覚していなかった。

先週JAMA Psychiatry誌に発表された研究では、492人の人たちが虐待を自覚し、法廷でもそれが証明されていて、実際高いレベルの不安と鬱を示していた。しかし法廷での記録はあっても本人に記憶がない173人については不安と鬱のレベルは普通の人たちと変わらなかった。

研究が示すのは人が困難な経験をした時、それをどう解釈するかでその後が決まることだとキングズカレッジロンドンのアンドレア・ダニスは言う。
「経験をどう考えるかで決まる。過去は過去、現在は現在で処理できれば心の健康は保たれるのです」と彼は言う。

2019年に発表されたダニスによるメタ分析では、子供の頃の虐待記録がある人の52%が面接時にそれを報告していなかった。そして虐待を報告した人の56%に虐待の記録はなかったと言う。
この食い違いの発生は多分測定に問題があるのだろう。裁判記録では虐待の記録を全部書いているわけではないし、本人があったと報告する場合も、その人の不安と鬱のレベルで言い方は変わる。

「何故、人が虐待事実を忘れてしまうのか、あるいは単なる出来事を虐待と受け取ってしまうのかはそれぞれ理由があるのだろう。でも、虐待の記録があるにも関わらずそれを報告しない人は健康に見える」と彼は言う。
「過去の経験がそれほど重要でないなら報告する必要もない。そして時間とともに健康な心を回復する」と彼は言う。

アメリカでは子供の頃のトローマをどう扱うかについては精神科医の間で熱心な論争が繰り広げられて来た。ジークムント・フロイトは患者の訴えは子供の頃の虐待に由来しているとしたが、後で無意識の現れと訂正している。

1980年代から1990年代にかけては、患者を催眠術にかけても子供の頃に受けた虐待を探ろうとしたが、主流の精神科医から猛反発されて消えて行った。
最近は虐待記憶を上手くコントロールする流れに変わっていて、専門家も患者の適正を考えながら療法を選んでいる。

しかし JAMA Psychiatry誌の発表では、伝統的な虐待記憶の発掘作業は効果がないとしている。しかしデニスは苦しい記憶を忘れてしまえば良いとは取らないでほしいと言う。一方的に否定すると無理が生じて悪化させる危険性があるからだ。

「記憶を消すと言うより記憶と共に生きる。そうする事により次第に心の健康を回復する」と彼は言う。

「虐待は3歳以下でも起きるが、記憶は3歳から始まるので、虐待と記憶はいつも困難な問題です」とニューハンプシャー大学のデイビッド・フィンケルホーは言う。
虐待の記憶は忘れてしまえばよいという考えに彼も警笛を鳴らす。子供の頃の虐待は、感情の不安定、自分を無価値とする思考、性的に他の人を満足させなければならないとする強迫観念等の原因になるからだ。

一方、虐待記憶にこだわる療法に批判的なカリフォルニア大学のエリザベス・ロフタスは、JAMA Psychiatryの発表は奥歯に物が挟まった言い方だと言う。

「虐待記憶を忘れてしまうのが健全な脳の反応でしょう。どうしてそこまで言わないのかが不思議です」と彼女は言う。



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