無意識の行動への影響

2010年7月2日
人が事務所に入った時に、机に革張りのブリーフケースが置かれていると、より競争心を発揮して仕事をし、壁に図書館の写真があると静かに話をし、部屋にかすかな洗剤の香りがあると机の上をきちんと整理をすると言う心理実験結果が発表された。

人間は理性のある存在であるから己の意思で行動をすると今までは考えられて来たが、この研究によると我々は考えている以上に無意識に支配されていた。

雑誌”Science”の7月2日号に掲載されたオランダのユトレヒト大学のラッド・カスターとヘンク・アーツの研究発表でカスターは次のように言う。
「人がある行動を開始するのは一定の目的を実現するためであるから、意識が行動を決定すると考えるが、実験によれば我々の行動の多くは刺激と無意識で決定されていた」。

刺激と無意識の影響は人の行動ばかりでなく、我々の欲求にも影響する。カスターとアーツが実施したテストでは、被験者はスクリーンを見ながらジグソーパズルをする。あるグループではパズルの合間にサブリミナル効果を狙って瞬間的に別の言葉を入れる。例えば砂浜、友達、自分の家のような肯定的言葉であるが、その肯定的な言葉を与えられたグループでは与えられなかったグループより強い動機付けが形成され、より真剣にパズルをやるのが観測された。

同じような効果は被験者に酒に関する言葉を見せた時にも起きていて、被験者の酒の飲む量が増えた。家族の名前を見せたり、看護婦のような言葉を見せると、被験者はより親切に対応した。

イェール大学のジョーン・バーはこのような事実を10年前に既に述べているが、彼は「カスター等の発表は画期的で、今まで”Science”誌にこのような研究発表がなかった。この種の研究にまつわる批判的意見を打ち破る大きなステップである」と評している。

バーによると、実験参加者の対応にはサブリミナル効果以上のものがあると言う。無意識による決定は意外にも意識する刺激からも影響を受けていた。例えば、硬い椅子に座っている人は値段の交渉する時により厳しい値段を要求するし、手にコーヒーのような温かい飲み物を持つ場合、人をやさしいまなざしで見、新入社員の選考する時に分厚い履歴書を見ると薄っぺらなそれより真剣に人を選考した。
「自分が硬い椅子に座っているとか暖かいコーヒーを手に持っているのは分かっているが、それが決定や行動に影響しているとは人は考えない。人の無意識は意外に多くの場面で活躍しているのです」とバーは言う。

カスターは、自分の実験からサブリミナル広告には効果があると言う。しかし無意識の内にマインドコントロールを受けるのを嫌う人は、むしろ目に見える広告に注意した方がよいと言う。例えば、コカコーラの広告では、宣伝に夏のビーチとか笑顔の友達とかのイメージ写真が出てくるが、これが無意識に作用して何時の間にかコーラを飲むことになると言う。

ジャンクフードについても我々は気がつき始めている。「宣伝に影響されて無意識のうちに皿いっぱいのポテトチップに手が伸びてしまうのですね。その気にさせるような刺激を取り去るのが大事です」とカスターは言う。

カスターとバーの研究は、人間も他の動物と同じく無意識に影響されている事を示していた。しかし我々は昔からギリシャの神々とかフロイトのイドのような意識を超える何かを感じていた。無意識と言うのは生命維持に必須で、意識を獲得する以前に無意識は既に存在していたのであろう。

バーは無意識を”意識を作り上げる足場”と呼ぶ。生物は生きるために瞬時に決定を下さなければならない。余り多くを意識で決定すると情報処理が追いつかないから無意識で自動的に処理するようになったと彼は言う。

彼の意見によれば、我々は自分ではどうにもコントロールが出来ない無意識の船に乗り込んだようなものだ。しかしだから我々は無力だとは言わない。「我々は無意識的に判断するが、多くの場面でそれは正しい判断であると考えるべきであろう」とバーは言う。



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