ミラー細胞と幻肢痛の治療

2011年2月2日
神経科学者のラマチャンドラン氏はミラー細胞が発見される前から鏡を使って幻肢痛の治療をしている。ミラー細胞とは脳の神経細胞の一つで、我々が他人の動作を見るときに活性化して、我々に感情移入を起こさせる細胞である。

1990年代、既にラマチャンドランは手足を失った人を対象に幻肢痛を和らげるミラー・セラピーを開始ている。幻肢痛とは、失って今は存在しない手足の激しい痛みを言う。治療は、患者の前に鏡を置き、今ある手足を映してそれを失った手足と錯覚させて脳の歪んだ認識を改善させる。存在する手足を動かしてなくなった手足が動いたと感じさせると幻想の手足の痛みが消え、痛みが完全に消失する場合もある。この治療法は幻肢痛ばかりでなく、他の慢性的痛みにも応用されて、適正な症状であれば 70%から80%に効果がある。

ラマチャンドラン氏は、現在カリフォルニア大学サンディエゴ校で脳認識センターの責任者をしていて、幻肢痛の研究、治療法の開発に従事しているだけでなく、脳作動にも深い洞察をしている。今日は彼の最近の本である”暴露する脳”について語った。

1995年にミラー神経細胞が発見された時に何を思いましたか
私はその当時、DNAが生物の青写真であるように、ミラー細胞も心の基本に関わっているのではないかと言いましたが、それが評判を呼んだようです。私はそれほど真剣には考えていなかったのですが、新聞は私の言葉よりもミラー細胞の存在自体に疑いを持っていたようです。
私の予感は当たりまして、ミラー細胞の発見以来、ものの見方が大きく変化しました。中には誇大宣伝もありますが、ミラー細胞の重要さは更に深まっています。

先生の本で、患者の腕を麻酔させて、その後に腕に触れて、触れたと感じさせるテストをしていますが、その話を聞かせてください。
幻肢痛と言う変わった現象が過去200年も前からあります。幻肢痛の患者がもう一人の幻肢痛の患者の動作を見て、自分の幻肢に触れられたように感じるのに注目した人はいなかったと思う。そこで私は「見てください。ここに手は失ってはいるがその手の触覚を感じる人がいます。これがミラー細胞の証明です」と言った分けです。同じ現象が腕に麻酔をかけた人でも起きる。同じ姿勢を取ると他の人の腕に感じた触覚をその麻酔した腕にも感じるのです。

この感情移入の現象をどう解釈しますか。
我々は常に感情移入をしているのですね。感情移入はするが他人に溶け込んでしまう分けには行かない。その為に「感情移入はしたいが、他人になってしまうな」と命じる回路が必要なわけです。その回路は前頭葉と皮膚感覚から成り立っている。(皮膚からの信号はないから触られたのは自分の腕でなく他人の腕であると認識する)。この前頭葉による判断とミラー細胞の活動、そして皮膚の感覚があいまって感情移入が起きても自分を失わないのです。

すると、我々が感じるほどには我々は孤独ではないという事ですか。
そうです。その理由から私はミラー細胞を”ガンジー細胞”と呼んでいるのです。

痛みの学習を消すことが出来ますか。
慢性痛の場合、視覚が痛みを抑制します。複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome)と言うのがありますが、例えば指を少し怪我をするとする。大抵は直ぐ治るが、時々ひょんなことから悪化する。私はこれを学習した痛みと言いますが、指を動かそうとする度に猛烈に痛みを感じる。皮膚は炎症を起こし熱を持ち、むくみ、炎症は手から腕全体に広がり最後は腕が麻痺してしまう。卒中の患者に見られる現象で、約10%の卒中患者は激しい痛みと麻痺した腕に苦しむ。

痛みの学習を消し去るには、鏡の前に立って健康な腕を何かに触れたり、ゆすったりします。鏡に映った健康な腕を幻肢に見立てると、幻肢は触っても、ゆすられても痛みを感じない。その瞬間痛みが消えるのです。

即ぐ効果が現れますか。それとも繰り返し訓練が必要ですか。
繰り返す必要がありますが、変化は直ぐに現れ、熱などは見る間に下がります。卒中治療に束縛療法と言うのがありまして、動く腕を固定して動かない腕を強制的に動かす療法です。毎日何時間もして何週間も訓練する。当然患者は嫌がり効果がない。しかし我々がやっているのはその正反対のやり方です。

四肢切断願望(Apotemnophilia)と言う症状がありますが、これをどう説明しますか。
脳は統一感覚を要求して感覚の不一致を嫌うということです。四肢切断願望症と四肢不一致症(Somatoparaphrenia)には驚くほど似通った点があります。四肢不一致症とは自分の四肢が自分の体ではないと主張する症状です。もし右頭頂(多くは右上部頭頂小葉)に卒中が起きると、多分その人は「この腕、自分のものでないように感じる」と言うでしょう。

腕からの情報は脳の体性感覚野に行き我々は腕を感じる。次に右脳の上部頭頂小葉に行き、ここで我々は体のイメージを作る。だから目をつぶって腕を回すと腕がしっかりと体に固定されているのが分かる。

右脳に卒中が起きると体性感覚野と体のイメージを作る分野の両方に障害が発生するから、脳の両方の部分が腕はないと言い始める。だから、患者は自分の腕を自分の腕と言わない。中には腕は母親のものだ、父のものだとか、共産党員だいう人もいる。

人が腕を否定するのは、脳の中で腕をイメージすることが出来なくなっているからですね。
そうです。四肢切断願望の患者の言葉には面食らうことがあります。例えば、「この腕は貴方のものではない、だから腕を切り落としたいのですね」と聞くと「いやとんでもない。これは私のものです。余りにも自分の物過ぎるのです。存在感があり過ぎてうっとうしいのです。無くなったらどれだけ幸せか」と答えるわけです。

彼等の感覚器は正常だから手からの信号が来るが、体のイメージを作成する脳が故障していて信号が認識できない。上部頭頂小葉には体全体のイメージを作り上げる役割がありますが、手からの信号を認識できない。手の触覚とイメージ認識に齟齬が生じて緊迫した不一致感、不快感が発生するのでしょう。脳は不一致感を受け入れられないのですね。

驚くことにこの症状を持つ患者の3分の1が腕を切断してしまうし、その結果大変喜んでいる。感覚相互の調和が如何に重要か分かります。

腕を切り落としたい人と性転換を望む人には何か関係がありそうですね。
性を変えたい人も大変似ていて、やはり彼等も体のイメージと自分の性器が一致していない。一般的に性が形成される4つの要素があります。一つは自分は男である、あるいは女であると言うアイデンティティ、2つ目は実際の性器の形、3つ目は性の方向(男性、女性のどちらに引かれるか)、4つ目は体のイメージ(目を閉じたときに自分の性器を含む体全体のイメージ)。
性と体のイメージは多分上部頭頂小葉で作られる。健康な人ではこの4つの要素に矛盾が生じていないから問題が起きていませんが、トランスジェンダーでは不一致が深刻なのでしょう。

だから男なのに自分のペニスが自分のものに感じられないとか、女性なのにペニスが付いているように感じる分けですか。
そうです。女性で男性に性転換を希望する人では幻のペニスがついているのでしょう。



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