抗鬱剤、減薬の試み

2019年3月5日
 

抗鬱剤の強い離脱症状を経験している人は、世界では数百万人もいるのではないか。服用してある程度効果が出てもいざ止めようとすると、不眠、不安、激しい頭痛等の症状に悩まされる。これを離脱症状と言うが、離脱症状は数か月から数年続き、医師に相談してもあまり相手にしてくれない。しかし、昨年イギリス王立精神医科大学の総長が、離脱症状は一般には存在しないと言って論議に火が付いた。

患者を支持するグループは総長の声明を撤回するように要請したが、アメリカの精神科医等は王立精神医科大学側を擁護し始めた。イギリスの有力な研究者等は反対ののろしを挙げ、「総長は大きな考え違いをしている。意見を撤回せよ」と声明を発表した。
精神医療ウェッブサイトであるランセント精神医療は、減薬が成功するには数か月から数年かかる。数週間で薬を停止出来るは間違いとする論文を掲載した。

「いきなり抗鬱剤を止めても、副作用を全く起こさない人もいるが、多くはカプセルを割り、中味を少しづつ減らす工夫をしている。患者がやっている事を医師が後追いしている有様だ」とロンドン・ユニバーシティカレッジのマーク・ホロウィッツは言う。

ニューヨークタイムズがアメリカ政府のデーターを調べたところ、長期の服用が過去10年で2倍にも増えていると報告している。アメリカでは現在1500万人以上の人が5年以上飲んでいて、2000年と比較するとその数は3倍にもなっている。しかも、抗鬱剤の離脱症状の研究は遅れているとしている。

「ランセント精神医療の発表内容は、私が実際見て来たのに一致する。今までは患者の声が無視されていた」とプロザックの離脱症状を2年間研究した、カナダのマックマスター大学のディー・マンジンは言う。

ホロウィッツとロンドン・キングカレッジのデイビッド・テイラーがこの問題を取り上げた理由は、彼等自身が抗鬱剤を飲む患者で、ホロウィッツは15年間抗鬱剤を服用し、その減薬の難しさを知っているからだ。
彼等二人は先ず、インターネット掲示板を見歩いて、患者からの情報を探った。掲示板の書き込みでは、人はカプセルを割って内容物をほんの少しづつ減らしながら、数か月から数年もかかって減薬していた。次に彼らは関連の研究報告書がないか調べた。

2010年の日本からの報告では、パクシルを飲んだ人の78%が離脱症状を経験している。研究では患者に、9カ月から4年の歳月をかけて非常にゆっくり減薬を実行させた所、離脱症状を経験する率が6%に減ったとしている。
2018年のオランダの研究でも、処方量の40分の1刻みで減らして行くことで離脱症状の軽減に成功している。

ホロウィッツとテイラーは、離脱症状の起こる原因を脳スキャンで説明する。
パクシル、ゾロフト、エフェクサー等の抗鬱剤は、セロトニン搬送体を抑制し、シナプスにセロトニンを滞留させる事により不安軽減の効果を出そうとする。
脳スキャンで分かった事は、抗鬱剤を服用するとセロトニン搬送体を強く抑制してセロトニンがシナプスに急増するのに対して、抗鬱剤を減らすと、今度はセロトニン搬送体の抑制が解かれてシナプスからセロトニンが消えてしまう。これが離脱症状の起こる理由で、従来のやり方では激しい変化に対処できないと二人は言う。

「今までは、薬を半分にすれば効果も半分になると単純に考えていた。実際にはそうではなく、受容体には過大なセロトニン増減の負担がかかっていた」とホロウィッツは言う。

「私は5種類の抗鬱剤を飲んでいて5カ月かけて服薬を停止したが、少しづつ長期に渡って減薬していたら、あれほど苦しまなかったであろう」と患者に減薬法をアドバイスしているローナ・デラノは言う。
「抗鬱剤の減薬の難しさを医師に説明するのは難しい。医師自身が自分で離脱症状を経験するまで理解しない」と彼女は続ける。

ホロウィッツとテイラーは、減薬に関しては患者一人一人の個人差まで見る必要があると呼びかけている。
「精神科医は、教科書、研究報告は熱心に読むが、そこには離脱症状を書いてない。医師は薬を処方するのに忙しく、減薬を考えている暇がなかった」とホロウィッツは語る。



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