進まない精神病治療

2018年11月19日

 

精神病とは、アリストテレスによれば精神の悪さであり、古代ギリシャの医学者のガレンは液性の不均衡と言い、フロイトは自慰執着、ユングは階層的エゴの弱さと表現し、絢爛たる定義が過去には沢山あった。
しかし、近年、生物学的精神医学が勢いを増し、精神病に対する考えが大幅に変わった。にもかかわらずその原因と治療となると未だあやしく、我々が生きている間に解決するように思えない。この難問を解くためには、科学者と患者が互いに協力して困難を乗り切る必要があろう。

「研究者と患者の間にはもっと意見交換があるべきだ。患者の意見なしには研究が進まないし、患者の側も積極的に協力すべきだ」とマサチューセッツ工科のスティーブン・ハイマンは言う。

過去40年間の精神医療の変化は激しく、精神病を表現する言葉が大きく変化した。この変化を及ぼしたのは1980年の「精神障害の診断と統計マニュアル」の改訂版だ。ここでは心理学的説明を排除して、フロイト的表現である抑圧された葛藤、養育不全等の言葉は消え去った。鬱状態とは各種の症状、行動の集合と説明し、強迫行為、躁鬱病、統合失調症、自閉症等も同様に説明されるようになった。

この表現の変化は、精神療法家を惑わせたが、少なくてもフロイトの時代に比べて、あやふやな表現が消えているはずである。脳を研究する科学者は、M.R.Iのような脳画像技術を使い、動物実験をし、遺伝子を解析しながら、薬の効果が出るプロセスを説明するようになった。
今や、心の問題は心の病気になり、脳回路の不全と説明され、脳内の化学的バランスの崩れと説明される。しかし患者の側はこのような説明で満足してない。今まで莫大な研究と、沢山の報告があったにも関わらず、精神医療は未だ満足な恩恵を患者にもたらしていないからだ。

精神障害の診断と統計マニュアルはよく整備された診断基準ではあるが、実際の症状を上手く説明していない。例えば鬱であるが、これは単一の病態ではなく、人により沢山の形で現れる。不安症、PTSD、境界領域でも同じことが言える。
この問題を解決すべく、専門家は遺伝性が高く、より精選された患者の研究に的を絞った。

2016年にブロード研究所が、統合失調症の発症はシナプス刈込現象に関わる遺伝子に問題があると発表している。シナプス刈込現象とは、人が思春期に経験する脳回路の再編現象である。
専門家は、自閉症と遺伝子の関係も間もなく分かるだろうと言う。カリフォルニア大学のマシュー・ステートは、自閉症スペクトラムの中の一群では、最上部にある10個の遺伝子が発症に重要な役割をしていると言う。遺伝子療法の可能性も出てきた。

遺伝子が精神病の発症の原因であろうが、それだけが原因と言うには未だ証拠が足りない。患者の過去のトローマ、薬物摂取、精神的危機等を見る必要がある。何故なら、未だ科学が探り出していない真実が存在しているからだ。

マウント・ホリオーク大学のゲール・ホーンスタインは、現在”幻聴ネットワーク”と言う、草の根組織のメンバーを研究している。
参加している人の多くは、既存の医療を受けて失敗している。中には自分のやり方で成功している人がいて、その人達から意見を聞いている。

「この会では患者同士が互いの経験を話し合う。我々は今まで人との関わり合いをあまり重要視してこなかった。医療で救われなかった人が、同じ悩みを持つ人と話すことにより症状が改善するとは素晴らしい。ここから解決の糸口がつかめそうだ」とホーンスタインは言う。

生物学的精神医学が現れて40年経つが、未だ十分な実績を残していない。この困難を乗り越えるには、専門家は患者と向かい合い、彼等の意見を聞くべきだ。患者の多くは誤った治療を受けて苦しんでいるのです。専門家が謙虚に患者の意見に耳を傾ければ、今後の可能性は十分にある。



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