常に幸せは良くない理由

2016年8月13日
1990年代にマーチン・セリグマンと言う心理学者が、人間の幸せを追求するプラス思考運動と言うのを開始した。我々の生来の可能性を探り、これの達成を目的とする運動は、1960年代の人間性心理学や、実存心理学を起源にしている。

以来、生活の改善、幸福増進を求めて沢山の研究が発表され、本も出版されたが、その結果、我々はどれ程幸せになったのだろうか。40年間の努力は無意味であったのか。やはり、人間とは不満を抱くように出来ていて、幸福を増進するとは、潮の流れの逆に泳ぐようなもので、最初から無理であったのだ。

全部幸せにはならない。
先ず、幸せとは一つではない事が一つ。幸せの歴史を研究するジェニファー・ヘクトと言う哲学者がいて、彼女が書いた”幸福神話”によると、我々は沢山の幸福を経験するが、各々の幸せは、必ずしも互いに補完関係にないため、一つの幸せは他の幸せを損なう。即ち、あらゆるタイプの幸せを一度に経験することは不可能なのである。

仕事の出世、幸せな結婚生活の維持には、忍耐と時間が必要である。その達成には自分のやりたい事を我慢しないとならない。仕事に打ち込めば、家族への奉仕も犠牲になる。一つの幸せが達成されると、別の面にしわ寄せが来る一例だ。

良き昔、可能性あふれる未来
我々の脳の構造にも問題がある。例えば、若い人に夢を問えば、良い大学に行き、素晴らしい人を見つけ、健全な家庭を築くと言うに違いない。年配の人は、過去を思い出して往年を懐かしむ。しかし、夢は今にあると言う人は現れない。現在より過去、未来が幸せである証拠は何処にもないのであるが、我々の脳はそう考える構造になっている。これを楽観偏向と言うが、過去と未来を幸せに見ることで、厳しい現実を乗り越えさせようとしているのだろう。全ての宗教はこれを利用していて、エデンの園から天国まで、永遠の幸せを我々に約束する。

私は、学期が始まる前に生徒に、過去3年間のクラスの試験の平均点を示した上で、貴方ならどれ位の点数が取れるかと聞くと、皆、大幅に平均点を上回る予想する。

認知心理学者は、過去に起きた楽しい思い出を反芻して幸せする様子を、ポリアンナ効果と呼ぶ。ポリアンナ効果により、我々は昔の楽しかった事は覚えているが、日常の不愉快な事を忘れている。ポリアンナ効果の反対は鬱状態で、過去の失敗を繰り返し思い出して悔やみ続ける。

自己欺瞞は心の進化か
過去と将来を今より良く描く心理は、人間が獲得した心の進化と言えるだろう。罪のない自己欺瞞により、困難に耐え、難局を乗り切る。我々は幸せの移ろいやすさを知っている。専門家はこれを快楽の回転車と呼んでいるが、我々は幸せを求めてひたすら努力をする。しかし、一たび幸せを達成すると、その感激は間もなく消滅し、次の幸せに向けてまたひたすら走る。

私が学生に今この時が一番幸せなんですよと言うと、彼等は不満そうな顔をする。将来、”どうですか、あの当時の学生生活は幸せであったでしょう”と言えば、その時納得するだろう。宝くじに当たった人や億万長者の研究があるが、彼等に幸せについて質問をすると、拍子抜けする答えが返って来る。億万長者と事故で車いす生活に入った人では、その長期レベルの幸せは、両者に余り違いがないのが分かる。

何故、助教授が終身在職権のある教授を目指して必死になるのか、何故、弁護士が結婚をそんなに急ぐのか、この問いに、彼ら自身答えに詰まるであろう。私も振り返れば、一冊の本を書き上げてついにやったと喜ぶ心境から、未だ一冊しか書いていないと、不満を感じ始めるまでの時間の移りが速いことに驚く。しかしこれは、人間の進化の歴史を見れば、当たり前である。現在を不満に思い、将来に夢を思うからこそ、前進する力が湧いてくる。

実際、永遠の幸福などが存在したら、難しいことは何も達成されなかっただろうし、我々の遠い祖先で、自己満足に耽っている人たちがいたら、とうの昔に絶滅していたに違いない。幸せは存在するが、長居はしないのだ。そう分かれば、一たび幸せが訪れた時にはそれを大事に出来る。また、全てを幸せにすることは出来ないと分かれば、小さな幸せに、より感動するに違いない。どんな人でも、幸せを独り占めにすることは出来ないのだから、嫉妬はよそう。



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