準備してはならない事


私の対人恐怖を発症するきっかけは、高校2年のころ、女性を意識したため話せなくなったことに起因している。慌てた斎藤はあろうことか、放課後、女生徒に話しかける訓練を開始したのだ。

神経症とは準備病だと思う。私の神経症人生でも、常に準備、準備で人生は準備の連続であった。結果はこの通り、30年の無駄な準備の後、気が付いたら48歳になっていた。

誰も一旦神経症になると恐怖克服で忙しくなるが、神経症とは準備病であると、どれほどの人が気付いているだろうか。この準備さえしなければ、最初から神経症性の激しい恐怖は生まれなかったのに。
神経症を治すカギは、準備を停止する事が出来るかどうかにかかっているが、これが出来る人は世界広しと言えども殆どいない。

何故なら、準備をしろと命令するのは、正常に作動していない神経症脳だからである。神経症脳とは精神病の脳であり、今すぐ治さなければ人生が破滅すると物凄い勢いで迫って来る。この強迫観念の圧力に抗することが出来る神経症者は、世界にどれ程いるだろうか。

不潔恐怖という神経症がある。この人たちは、手を洗えというすさまじい強迫観念に毎日曝されていて、手を洗えば問題が解決すると彼らは考える。しかし、洗えば洗うほど強迫観念は勢いを増し、ついに彼らの生活は身動きできなくなってしまう。

神経症とは、その脳が生産する強迫観念のいうままに、恐怖に対する準備したら最後、地獄まで我々を追い込む病気なのである。でも神経症者である限り、強迫観念を聞かないわけには行かない。

これに対する理想的解答は、将来脳の科学が発達して、強迫観念が脳の何処から出て、何処に問題があるのか解き明かす事である。何故なら健康な人ではこのような強迫観念は存在せず、もし存在したら日本社会も世界も持たない。

しかし我々は科学の進歩を待っている分けにはいかない。今すぐ出来て費用がかからないのは、神経症症状を克服する努力を今停止する事なのです。しかし、これは物凄く難しい。もし出来たなら、今までに神経症を自ら治した人がいたはずであるが、インターネットを見ても殆どいない。

でも、斎藤は48歳の時にこれを可能にした。何故あの時出来たのであろうか。30年と言う無駄な歳月が十分長かったことと、人生が本当に追い込まれていたからだろう。半端な追い込みでは、神経症者は強迫観念の側についてしまって上手く行かない。

神経症者は毎日、神経症の地獄の蓋が開いて、強迫観念に飲み込まれそうになるが、それを断固拒否し、一切の準備をしないが出来るだろうか。
出来れば貴方の人生は今から劇的に変化をする。



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