効果があった、改善した

神経症者のほとんどが、効果があった、改善したと言い続けながら生涯を送ってしまう。以前、もう20年も入院したり、人里離れた訓練所を行ったりきたりしている人が最近何々をして効果があったと言った。「嘘を言え。狂いの真っ最中でないか。動けるようになったではなくて今後もまったく見通しが立たない姿ではないか」と言葉が出かけたが言わなかった。

この人達は老人ホームに入っても”効果があった、改善した”を言い続けるでしょう。なぜなら彼らの脳は暴走しているからです。朝起きてから寝るまで四六時中、神経症が良くなったかどうか確認している。それ故に、神経症とは治療と言う強迫行為が生涯止まらなくなった精神障害と断定するわけです。

治療強迫行為が止まらなくなった彼等は、何時も今の動きが神経症治療に役立っているかどうかを確認する。これは意識が分裂していることを意味し、患者はこの世がこの世でないような異常感覚を体験する。
健康な脳では動作をするときには、ただ動作をしているだけで、意識は動作に融合していて、意識として別に取り出すことができない。私はこれを「無」と呼び、禅の悟りに近いものであり、地球に生きるすべの動物が共有している感覚です。

健康な人では意識は一つであり、その一つの意識は健康な無意識で十分にサポートされている。だから難しい問題に直面しても、それをしばらく放置しておくことにより後ですっきりした回答を受け取る事が出来る。その間に我々の無意識が、問題を大所高所から判断して整理をしているからです。

意識の分裂した神経症者は意識地獄に陥り、そうなった彼等はすべての動作を意識で処理しようとするが、それは無理であるから生活は停止する。
これほど事態は深刻なのに「ちょっとした考えすぎとか、心配性、生真面目」程度で片付けられていたのは、真の脳科学が存在しなかったからです。
まだまだ先は長いが、神経症の治癒とは、この深刻な意識障害を治せるかどうかの方向に向かっていると思う。



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