壊れた蓄音機


テープレコーダーを使っていた時代に”壊れた蓄音機”なんて表現がありました。
あの頃、何かの拍子にテープを逆回転して、その際に宇宙から届くような音楽を聴いた覚えがあります。モーツァルトの曲なんかを逆回転させると、得も言われぬ音楽らしきものが再生されて、数分聞く事があった。

その少し前かヒッピー文化があって、LSDや麻薬をやる髪の毛を伸ばした若者があちこちでキャンプしていた。彼らの描いた絵画を見る事もあったが鑑賞の対象になる事は決してなかった。

何故こんな事を言うかと言うと、神経症者の掲示板の書き込みを読んでいると、レコードを逆回転した音楽のように聞こえるからです。当初は珍妙な音で注目するが、正常でないものには価値がなく直ぐ飽きてしまう。そんな音の中に可能性を見出す努力をするより、芸術性の高い曲を聞いて感動する方が余程価値があるのが直ぐ分かる。

もう一つ例を出すと、オルゴールあるいはコンピューター再現音楽はどうであろうか。オルゴールは目覚ましに聞く分には良いが、決して感動を呼ぶものではないし、今のAIを使えば、原曲の総譜を読み込んでコンピューターでオーケストラを再現するのは簡単であろうが、誰もそんな取り組みをしない。
どんなにコンピューターが発達しても、自然でないものには価値がない。人の演奏、特に名人の演奏には心の揺れと言うものがあり、この心の揺れが万人を感動させるのです。

前置きが長くなりましたが、神経症者の訴えは、逆回転音楽かAIによる再現オーケストラ音以上ではないと言いたいだけです。その5分とは聞けない訴えに耳を傾け、巨大な分析を試みて一大理論を作り上げたのが精神分析で、こんな詐欺みたいな似非科学がゆるされたのも、100年以上も前の科学のない時代だからでしょう。

ここで天才と狂気を考えるのも面白い。
シューベルトは僅か31歳でなくなっていて死因は梅毒とも言われている。梅毒は進行すると細菌は脳に達して発狂するか痴呆状態になる。密造酒時代のアメリカのギャングのボス、アルカポネが梅毒性の痴呆で獄死している。
しかし、シューベルトの作品を聞く限り狂気を見ないばかりか、高貴で抑制の効いた美しいメロディーの連続を発見する。ベートーベンは死後に解剖が行われていて、彼の頭蓋骨が異常に厚かったという。膵臓が標準の3倍ほど膨れ上がっていて、先天性の梅毒の所見もあったらしい。彼の激しい曲を聞くと多少狂気もないとも言えないが、やはり彼の健康で天才の脳を認めざるを得ない。

わずかに狂気を感じる天才にゴッホがある。彼は自分の耳を切り落としピストル自殺をしているが、彼の絵画を全体として見ると、晩年の作品に多少異常性が見られるが、全般に天才の閃きを感じ圧巻である。

やはり鑑賞に堪え、分析の対象となるのは、あくまでも健康な脳により作られた作品であり、間違っても逆回転させた音楽を鑑賞するなんて言ってはならないのです。将来の脳の科学は、神経症脳を作る遺伝子の働きとか、正常な回路の構築に失敗した脳の研究とかになるに違いない。

神経症脳のメカニズムが分かれば、現在は個人の意思に頼っている無為療法も科学的権威を持って脳の暴走を止める方向に進むであろう。
神経症者の気を引くためとは言え、彼等の喜ぶ方向に突っ走ってはならないのです。



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