面白い書き込み


以前「家でテレビをボーっと見ることすらできない」状態で、森田の医者にそのことを話すと『テレビの画面や音声に集中しなさい』」と言われた話を書いたことがあった。
それでその後しばらくは「ダメ元」で私はそれを何とか実行してみた。すると傍にいた友人から「そんなもの真剣に見るな」と言われてしまった。それも複数の人達からである。やはりその態度は周囲からは奇異に、またはおかしく映ったらしい。

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これが日本の神経症者が良くする間違いで、何処が間違っているか指摘する人が大変少ない。何処が間違っているのだろうか。

自分の意識の焦点を何処に絞るか聞いているのが第一に間違いです。意識の焦点は、普通自動的に選択されていて、意識しなくても自然に焦点はあっているのです。まあ、健康な人でもたまに焦点を絞る事があるが、それはほんの一瞬で、次の瞬間にはまた自動焦点に戻る。まあ、バカチョンカメラみたいなものです。このような便利な働きが脳にはあるのに、テレビの画面や音声に集中しなさいと来たらどうなるか。脳の機能としては不自然であり、やってはならない意識の介入です。

テレビの画面、音声と言っても幅は広い。画面のどの部分か、音声は人の声かものの音か、人の声なら誰の声を聞くべきかと尋ね始めたら、これだけでも一気に不安は増大し、発狂状態になる。神経症を治す目的であるとは言え、こんな事は決してやってはいけないのです。

人間も含めて動物は過去数千万年かけて脳を発達させて、現在の脳を獲得している。進化の結果、焦点を何処に向けたらいいなんて、考える必要がなくなっている。自動的に焦点が合うからこそ、間一髪で捕食動物から敏速に動物が逃げる事が出来るわけではないですか。

テレビに話を戻すと、ぼーとする、居眠りする、何か必要なことを思い出す、外部から入る音に聞き耳を立てる等は、全て考える必要がない。自動的に丁度良い所に注意は向けられている。

それを神経症を治す目的と言いながら、おかしな努力を積み重ねると、進化で獲得した脳に不自然な命令を下すことになるから、脳は混乱し始める。その先はヘタすると錯乱が待っていますよ。気を付けて下さい。



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