正気と狂気は紙一重


神経症とは、正気と狂気が入り混じった病気と言えるでしょう。正気とは誰でもが経験している心が強迫観念から解放されている状態です。
健康な人の心には強迫観念がないから、普通、人は何かをしている。何かとは生活に伴う動きで、殆ど意識しないで動いていて大変楽である。

狂気とは強迫観念と戦っている状態と定義する。神経症者では、絶えず強迫観念に苦しめられていて、意識が暴走しているため動きが困難になっている。でも動かないと生活が成り立たないから、動く時には強迫観念を振り払おうとします。この強迫観念を振り払おうと努力している状態を、狂気と言うのです。

残念ながら、神経症者では正気と狂気の違いが分からない。正気のつもりで狂気を実行してしまう。例えば、無為療法では雑用と動きが大事と強調している。すると、彼等は雑用をすれば神経症が治ると取ってしまい、神経症を治す取引として動こうとする。これでは、動いても動いても強迫観念は消える事がなく、強迫観念は背後に迫る。

神経症を治すとは、狂気と正気の違いに気が付く事であり、何時から自分が狂気に入ったのかを見極める事なのです。

斎藤自身も、その脳は神経症脳であるから、油断をしていると何時の間にか神経症にもどってしまう。これをフラッシュバックと言い、今も大きな精神的ショックが襲うと逃れられない。
フラッシュバックとは短期的神経症戻り現象で、斎藤も神経症の一患者になる。従って他の神経症者同様、必死に雑用を開始する。

神経症を治す手段として雑用を開始すれば、神経症は治る分けがない。いくら雑用をやっても、強迫観念は強くなる事があっても、弱くなる事はない。間もなくおかしいと気が付き、自分のホームページをもう一度読んで見る。すると、神経症とは治し病と書いてあるではないか。円盤が書いてあって、神経症を治すには神経症回転円盤の回転を阻止する事と書いてある。なのに、斎藤は円盤の回転速度を上げる努力をしていた。

ああ、なんとバカなと気が付く。直ちに治す努力の完全停止を実行し、数秒もしない内に強迫観念がすっと消えて行く。翌日には元の無為療法の指導者として戻っていた。悲しいかな、これが神経症脳を持って生まれた人間の実態で、正気と狂気の境目が分からなかったのだ。



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