神経症とは4


神経症とは木を見て森を見ずの状態
健康な人は、あそこの木を見なさいと言うと、森という背景の中にある一本の木を発見するのに対して、神経症者では、その木だけを見るか、葉っぱだけに注目する場合が多い。原因は、見ようとの強迫観念が働くために精神的視野が狭まり、実際の視界も狭まってしまう。真にそのものを見るには、見ようとする努力から離れる必要があり、この状態を作るのが無為療法である。

見ようと努力をしていると次のような障害が発生する
  • 不眠症
    寝る瞬間に寝ようの意志が発生し就眠を妨害する。
  • 対人恐怖
    グループの談笑に参加する時に意識的準備運動をするために、自然な形での参加が出来ない。
    笑う時に笑顔を意識的に作ろうとして歪んだ笑顔になる。
  • 勉強恐怖
    勉強に取り掛かる時、勉強の障害を除去しようとする。そのために自然な勉強開始が出来ない。あるいは集中しようとするために真の集中が出来ない。
  • 疾病恐怖
    病気の恐ろしさを除去しようとして、病気不安が爆発する。
  • 離人症
    自分が自分でない不確かな感覚を除去しよとして意識的努力を開始するために、本来の感覚を失い離人症的不安が発生する。
神経症を治すには
見る意識から自然に離れている状態を回復するわけですが、これを意識では作れない。何故ならその意識が問題を起こしている原因だからだ。そこで無為療法では動きを通して自然の見る状態を作りだす。動きを次に示すと
  • 生活に伴う動作が最も重要
    部屋の中の整理、掃除、洗濯、買い物、物の修理、その他の基本的日常動作。(神経症者はこの日常の簡単な動作が出来ない。生活以外に我々の存在はないはずであるが、これを放棄して図書館に行くとか、公園をランニングするとか、はてはテレビゲームはどうかと聞いてくる。そして最後に仕事はどうかと言う。仕事が強迫観念で間違いだらけなのにこの無駄を言い動きを拒否する)

  • ただやる動きの再訓練
    神経症を治すために動く人が多く失敗する。神経症を治すにはただ動く事が肝要であり動く理由は”ただ動く”以外にない。(神経症の狂った世界では何事も神経症を治すためにしている。”神経症を治す”の御旗がはためいている限り神経症の治りはあり得ない)

  • 仕事や家庭の責任、受験や進路の重要さを話をしてはならない
    貴方は今、脳の不調と言う重大な問題を抱えている。仕事だ家庭の責任だのはるか手前の問題だ。

  • 一切の療法と薬を遮断する
    二言目に薬が効果があったと言う人が多い。効果があったならもっとまともであるはずであるが、実際は生活保護間近ではないのか。薬を今後一切放棄する決意のない人間には神経症からの脱出はあり得ない。

  • 日常の雑用が出来ないと、どんな仕事も勉学も難しい
    日常の雑用が処理できるとは健康脳の証明であるのに、それをさておいて仕事だ勉強だと背伸びしてもそれは無理だ。大体、強迫観念でまともに生活出来ない者に限って、仕事だ勉強だと言うから不思議である。

  • 動きにリズムと速度が出てきたら無為療法は成功
    斎藤の仕事のパフォーマンスは最高の水準に来ている。判断が的確であるから仕事に成功するし、集中できるから難しい翻訳も出来る。その斎藤がどんな雑用でもこなすのに、神経症者は雑用を放り投げて努力だ我慢だと言う。


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