無為療法 禅の講義

「道元」松原泰道著から 

禅では師と修行僧が激しく悟りを問答する。
ある日に道元が如浄に「身心脱落」と言うと、如浄が「脱落身心」と言い返した。意味は身心脱落の境涯に止まらず、身心脱落を更に脱落させよのメッセージが脱落身心です。

道元より39年後にうまれて、念仏を人々に教えた一遍は

身すつるすつる心をすてつればおもひなき世にすみ染の袖


と歌います。捨てはて捨てきれば、自我の心もはたらかなくなって、澄んだ心でこの世に住むことができると。身をすつるが身心脱落で、すつる心を捨てが脱落身心でしょう。
多くの人は身心脱落までは理解出来るが、脱落身心の段階で狼狽してしまう。無為療法に来て、神経症を治す努力が、いけないのだと頭で分かったとしても、その理解する心が間違っているのだと、分かる人は殆どいない。脱落身心とは、その理解が間違っていたのだと、はたと気がつくことなのです。即ち、仏に会って仏を殺し、自己をもう一回再否定して始めて身心脱落に落ち着く。

神経症とは心の葛藤状態であり、強迫観念を産出する脳が作り出した病的状態です。その中で、幾ら理解する努力を繰り返しても意味がない。意味を求めるその脳が既におかしくなっているからです。



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