無為療法 禅の講義


鈴木大拙
つまり自分は自分、相手は相手というような対立の区別が全くない世界。そこでは「自分」にしがみつく気持ちがないから、行動が自由自在になる。人間の誠がおのずから動く。誠が動くと分けて距てる気持ちは消えてしまうから、自分と相手は2つでありながら1つになってしまう。しかし1つになってしまうとはいっても、自分は自分であり、相手は相手であるから、そこにはおのずから違いがある。違いはあるが、対立しない所を仏教は重んじるのである。

松原泰道
自分にとらわれなくなり、自己を忘れると万法が不二になるのを「万法に証せらるる」というのです。自分にとらわれない、自己を忘れると言う事を言いかえると「自分をすてる、捨てたいと言う考えも捨てる。捨てて捨てて捨て切った、捨て果てた状態」と言う事になります。
自分にとらわれがなくなり自己を忘れると、自分を囲む環境と自分が1つになります。この雑用をすれば神経症が治るとも考えないから質問が生じない。われわれは環境と一体になっていて、これを道元は「万法に証せらるる」と言う。

環境と一体になると、もはや対人恐怖も異性恐怖も意識できない。意識できなければ喜びもなく、ただ時間が過ぎて1日が楽しく終わるだけです。



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