不安する脳(気質と変化) 2009年9月29日
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彼は番号19番の赤ちゃんを観察している時ひらめいた。1989年の出来事であるが、ハーバードの心理学の教授であるケーガンは、気質とその効果と題した長い研究を始めた。気質は複雑で多層にまたがっているため、分かりやすくするために気質を一つの測定基準で測定した。それは赤ん坊が新しいものを見たときに直ぐ不安を示すかどうかであった。この判定基準を取り入れた理由は、測定しやすい事と気質の差を説明しやすいからである。研究を完成した時、大変不安を起こしやすい子供は大人になって強い内気で不安を感じやすい大人になるのではないかと彼は疑った。幼児のビデオを詳細に調べると子供が不安そうなしぐさをしている。この不安のしぐさを示すグル-プを彼はハイリアクティブグループと呼ぶ事にした。
19番の赤ちゃん以外には強い不安反応を示す子はいなかった。多くの子は見たことがないものをじっと見つめたのに対して19番目の子は新しい音、声、おもちゃ、臭い全てに対して足ばたつかせて、後ろにそっくり返り泣いた。この子はもしかしたら大人になっても傾向は続くのでは無いかととケーガンは感じた。 19番の子は実際不安の強い大人になった。今年の夏、ケーガンは彼女が1歳の時のビデオをハーバードのウィリアム・ジェームズホールで私に見せてくれた。このウィリアム・ジェームズとは偶然にも19世紀の心理学者であるウィリアム・ジェームズの名に同じであるが、ジェームズも神経症の傾向があり、居たたまれない不安、胃が痛む不安訴えている。頭は禿げて眼鏡をかけているケーガンは今80歳にも関わらず、きびきびと動く。彼は現在最も影響力のある発達心理学の権威である。 19番の子は長い黒い髪の毛をたらした見た目は普通の10代の子である。面接ではまず学校について質問する。課外活動はあまりしていなく、ものを書いたりバイオリンを弾くのが好きと小さな声で言う。彼女が話す時は何時ももじもじしていて、髪の毛をくるくる指で巻いたり、耳に手をやったり、膝を小刻みに動かしている。「これが彼女の不安の現れなのです」とケーガンはモニターのそばに立ちながら説明をする。 面接では彼女が何に不安を覚えるかを質問する。「分からない」としばらく考えながら言うが、その間も髪の毛をいじり顔や膝に手を当てる。少し考え込んでから不安の数々を言い始める。 「何をして良いか分からないです。特に他の人が何かをしている時に、自分が何していいか分からないで大変不安になる。ここにいるべきか、あそこに行くべきか、人と同じことをすればよいのかと考えてしまいます。物事を終わらす事ができるかも不安です。大人になって社会に出て何をしたら良いのだろうか。何とかしたいと考えているのですがどうしたら良いか分からないのです」と弱々しそうに言う。 ビデオを見ながらケーガンは内心興奮している。この19番の女性こそが彼の大きな発見の端緒であった。調査では彼女以外にも多くの物怖じする子がいて、その多くが大人になって不安症や他の心の問題を抱える傾向があった。 失業問題、年金不安、家を失う不安、地球温暖化等、我々は今不安の時代に生きている。しかし、世の中には手持ちの株が値上がりしても、子供が健康ですくすく育っても最悪を予想する人達がいる。彼等は生まれつきの心配性で、何事も最悪を考えてしまう人達だ。 ケーガン等は最初の20年間、数百人の乳幼児を青年になるまで調査してきた。研究対象の子供たちも既に20歳になり、成果が出始めている。 ケーガンは生まれながらの性格というものがあるのではないかと考えていたが、具体的な形で現れた。現在4つの長期に渡る調査が行われていて、その内の二つはケーガンが開始したもので、他の二つはメリーランド大学のナーザン・フォックスの下で行われている。多少の違いはあるが、4つの研究は全て赤ちゃんには生まれ持った気質があると結論している。調査した赤ちゃんの15%から20%が見知らぬ人、慣れない環境に強く不安反応を示し、大人になって心配性になる確率が高かった。 性格は大人になっても変わらないが、行動は変化する。ケーガンが気質を測定するときに、脳の生理学的状態、感情の表現方法、そして動作の3つに注目した。不安の感じ方は人によって違い、ある人はまともに不安を感じるが、不安の高まりをむしろ楽しんでいる人もいる。従って行動も違って来て、ある人は不安を抑えて普通に振舞うが、引き込んでしまう人もいる。不安の感じ方とそれに伴う行動は意識である程度コントロール出来るのに対し、生理的反応はそうは行かない。これをケーガンは”気質の投影”と呼び、強反応の人は平静を装ってはいるが心は不安に満ちていて、意識は何時も高い警戒レベルのままである。 所で不安は恐怖とは違う。恐怖は自分の目の前にある実際に存在する危険に対してであるが、不安とは何かはっきりしない漠とした危険に対する感情である。不安症ではその漠とした不安が暴走して生活に支障が起きている状態である。 「自分は今ぼろぼろで魂の抜けたような状態になっている。エイズテストを受けたし、ほくろも検査した。しかしこの腰の痛みは何なのであろうか。吐き気がするが癌かも知れない。あまりの不安でベッドにもぐりこんで睡眠で不安を消そうともした」とジャーナリストとパトリシア・ピアソンが”私の簡単な不安症物語”の中で赤裸々に語っている。 もし不安が強く生活にも影響するようになると、それは病気としての不安症になる。パニック障害、対人恐怖、恐怖症、強迫行為、PTSD ,全般不安症と沢山あるが、これら全部の不安症を合計するとアメリカ人口の4千万人が不安症に悩んでいることになる。しかもその数には月並みの不安を抱えている人の数は入っていないから、それまでも含めると大変な数の人が不安に悩んでいる。 これら不安反応は、脳の中の扁桃体と言う小さな一対の組織の活動に由来している。この脳部分は新しいもの脅威に対して反応し、心拍数の亢進、呼吸等の生理学的反応を起こす。 ケーガンが調査した中の強い不安反応を示すグループでは、扁桃体が過剰に反応していた。扁桃体の過剰反応は、脳の右半球の活動を活発化し心拍数を上昇させ、瞳孔の拡張し、ストレスホルモンであるコルチゾルとノルエピネフィリンを上昇させていた。 フラミンガム・ハートの研究と言う有名な研究があるが、この研究からリスクファクターという言葉が登場した。30代40代で血圧が高い人は老後に心臓病を患う確立が高いから、高血圧は心臓病を起こすリスクファクターであると言う。しかし、この研究から分かったのは傾向であって宿命ではない。もし初期の段階で血圧を下げる治療をしていれば心臓病を阻止できるかも知れない。同じように不安の強い子供でも良い環境で育てば不安症を予防できるであろう。 ケーガンが始めて長期の調査を目にしたのは、1954年にイェール大学でPh.D.を取得した直後であった。彼はその時にオハイオ州のフェルズ研究所で働いていて、偶然中産階級の子供を30年間調査した論文を発見した。 研究を読んで分かったのは、赤ちゃんは生まれたときから固有の気質を持っている事であった。彼自身は左翼的政治心情を持っていたから、この事実を受け入れられなかった。「私はその当時、気質に生物学的影響を認めるのを強く拒否していたから内気な性格を十分調査しなかった」とケーガンは語っている。その為に彼が最終的に子供の気質が遺伝によると認めるまでに、更に20年の歳月が必要であった。 1964年に彼がハーバードに移った頃には、既に生まれつきの気質の存在は受け入れられつつあった。ニューヨーク大学のステラ・チェスとアレキサンダー・トーマス等は子供には3つの気質(楽な子、難しい子、打ち解けるのに時間がかかる子)があると主張していた。フェルズ研究所の記録に触発されて、ケーガンは彼自身の長期に渡る気質の調査に乗り出した。1979年に約400人の就学前の子供の調査を開始した。彼等には新しいおもちゃやや、知らない人を見せてその反応をビデオテープに記録し、彼等の反応、動作を数値化して記録した。約15%の子供はケーガンがいう所の引っ込み思案で、用心深く、ママのそばから離れないタイプであった。他の15%の子達は不安知らずで、新しいおもちゃでどんどん遊び調査に関わった人達とも溶け合っている。ケーガンがそのような子供を話す時には”ほとばしる子”と表現する。 1 2 3 4 脳科学ニュース・インデックスへ |