不安する脳 2

その5年後、107人の子供達が研究室を訪れ再度テストをした。107人の内訳は、半分が強い内気の子で他の半分は怖いもの知らずの子であった。(環境の違いによる影響を最小にするために、子供の出身を白人の中産階級で、生まれた時は健康の条件にした)。彼等の行動はビデオで記録され数値化される。この両極端の気質については5年間に殆ど変化がなかった。2歳から7歳の間に両極端から中間に移行する例があったが、両極端から両極端への移動例はわずか3例だけであった。

ケーガンとナンシー・シドマン、スチーブン・レズニックはこの研究結果を1988年にサイエンス誌に発表した。強反応グループの生理学的反応を見て、専門家は彼等には生物学的何かがあるのではないか、内気の子供の脳、特に扁桃体、視床下部、視床下部ー下垂体ー副賢皮質系の恐怖に対する閾値が生まれもって低いのでは無いかと推定した。

この発見は当時の学会には大変な衝撃であった。「重要な研究発表には二つのタイプがある。一つは我々の予想外の研究であり、もう一つは予想通りであるがそれを今まで実証できなかったタイプです」とあるウィリアム・カレッジの発達心理学者が語っている。ケーガンの発表は第2のタイプであった。

しかし、ケーガンが調べた子供達は5,6歳に達していたため、どれほど環境が性格に影響しているか判然としなかった。翌年、ケーガンは環境の影響を最小限にする新しい調査を開始した。彼は生後4ヶ月の赤ちゃんを募集し、気質で分け気質がどう年と共に変化するかを調べた。

未だ生まれたばかりの赤ちゃんの気質を測定するのは難しい。扁桃体を直接測定できないから、赤ちゃんの表情、動作で調べる。扁桃体は脳の運動をコントロールする部分や自律神経系に接続するから、もし扁桃体が興奮すれば、足をばたばたしたり、泣いたり、心拍、呼吸数、血圧を上げるはずだ。

彼は500人の赤ちゃんをビデオカメラの前に座らせ、奇抜なものを見せ様子を観察した。合成音が出てくる顔の絵を見せながら言葉を聞かせた。熊のぬいぐるみを赤ちゃんの前でゆらゆらさせたり、アルコールを含ませた綿を鼻のあたりに近づけたりもした。一連の刺激を45分ほど続けると、じっとのぞき込む子もいるが、手足をばたつかせて泣き始める子もいた。

この観察からケーガン等は、子供の気質を反応が低い子、激しく反応する子、その中間の子の3つに分けた。反応が低い子はよく言う人懐っこい子で、知らないものに対しても好奇心を示す。反応が強い子とは19番の赤ちゃんのように、知らないものに対してじだんだ踏んで泣き始め、あやすのが難しいタイプだ。

調査では40%が反応が低い子で、20%が反応の高い子であった。ケーガンは赤ちゃん等を1歳と2歳の時に再調査している。更に強く反応する子と反応が弱い子を4、7、11、15歳になった時に再び調査した。この調査方法は今に至っても継続している。ケーガンは2000年に引退したが、研究をハーバードの青少年精神科医であるシュワルツに引き継いで、18歳と21歳になった時に再調査している。

実験結果からあるパターンが確認された。反応が強い子は反応が弱い子に比べて4倍ほど強い動作の抑制が見られた。7歳になる頃には強反応型の子の半分が雷、犬、暗い所、知らない人に対する強い恐怖、不安を示した。これに比べて打ち解け型の子では、わずか10%がこのような不安を示しただけだ。強反応型の5人に1人は調査を行う度にどぎまぎして強い不安反応を示していた。

「物的恐怖と社会的恐怖のように、恐怖は驚くほど異なった成分から出来ている。ピエロや風船やクモへの恐怖は小さい時に現れるが、仲間、社会への恐怖はその後になる。物的恐怖を避けるのはそれほど難しくない。例えば学校に行く道にいるほえる犬など別の道をって学校に行けるが、社会的恐怖は逃れることが難しい」とダニエル・パインは言う。

子供は成長するにつれて恐怖を上手くコントロール術を習得する。思春期に入る頃には全体的に不安を感じる回数が減る。恐怖に強く反応する子達の3分の2が普通の子供と変わらなくなる。

そんな子に21歳のメリーがいて、彼女は今ハーバードに在籍している。赤ちゃんの時は強反応グループに入れられていて、1歳から2歳まで恐怖の感じやすさは中位に判定されていた。彼女自身は強不安型とは思っておらず、ただ何事にも誠実に従う性格と考えている。「私は規則には従う性格です。でも無理した記憶はありません。学校の成績は良かったし、テレビを見る前に宿題は片付けていました」と言う。バレーダンスにも才能を発揮していて、彼女の才能と育った家庭の豊かさが生まれながらの内気な性格をより積極的にさせているのであろう。今でも不安症的な残渣があるとすれば細心で自己規制が効いた行動である。

神経質な人は簡単にその殻から出てこれない。秘密の不安というものがあり、彼等がいくら普通に振舞ってもこの不安が常に付きまとい、成長しても傾向は変わらない。

思春期になる頃を見ると、強反応型の子供は学校の成績も良いし、パーティーにも行き、友達も作っている。しかしそれは表面的であり実際は内気が続いている。「学校ではいつも緊張していて試験の前には吐くことがあった。遠足に行く前の晩なんかは眠れない」とある強反応グループの子は言う。彼等は不安を受け入れているだけで、実際は皆と一緒だと緊張している。ここでケーガンはユングの言葉を借りてペルソナとアニマの違いで説明する。ペルソナは外向けの人格でアニマは内向きな考えや感情で、ペルソナは自己コントロールが出来るがアニマは出来ない。メリーランド大学のナサン・フォックスは、強反応グループの子供がもしアニマをコントロール出来なくなると強度の警戒心が起きると言う。

1989年にフォックスは2つの長期に渡る気質調査を開始した。そこでは180人の子供を生後4ヶ月から15歳になるまで観察した。13歳と15歳になった時に次のテストをした。テストでは、コンピューターのスクリーンの両端に短時間2つの顔が現われる。同じ顔ではあるが片方は威嚇し、片方は喜んでいる。次の瞬間消えて矢印が現れる。その矢印は威嚇する顔の場所の時もあれば、喜んでいる顔の場所に現れる時もある。被験者は矢印を見て、それが上を向いているか下を向いているかボタンを押して答える。

大人で慢性的に不安を悩んでいる人は、正しい矢印の方向を早く的確に答えた。特に矢印が威嚇する顔の側に現れた時など早かった。しかし不安症でない人は特に早く答えることも無かったし、威嚇する顔との関連性もなかった。不安を起こしやすい子供で一見落ち着いて見える子でも、このテストをすると不安症を発症している大人と同じ結果が得られた。

フォックスが行った他のテストでも同じあった。このテストでは10代の若者がスクリーンの前に座り、スクリーンが青の時は空気が吹き出し喉の辺りに当たる。この刺激は気持ちは良くないが驚くだけで痛みを伴わない。もしスクリーンが緑なら空気の噴出はない。大きな音を発生させ被験者の目瞬きを調べるテストもする。被験者は皆青いスクリーンを見るとギョッとするが、不安症になりやすい子は緑のスクリーンを見ても警戒してしまう。

フォックスと共に研究するダニエル・パインは、27人の子供たちが思春期になった頃にMRIスキャンを実施した。彼等に恐ろしい顔を見せその鼻の広さを測定するようにも言った。この場合、恐怖しながらも注意を別に向けられるかを測定している。

不安症に無関係な子供は扁桃体の活動に変化が見られなかった。例え恐ろしい顔を見つめるように指示しても扁桃体は不活発であった。しかしハイリスク・グループでは恐怖に注意を向けるように言うと扁桃体が活発に活動した。繰り返すが、扁桃体の活発な活動は、彼等が日常不安に悩んでいるかどうかに関わらず現れた。ハイリスク・グループでは一見落ち着いているようでも扁桃体は他のグループに比べて活発に動いているのが分かる。


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