不安する脳 3

神経質的傾向はfMRIスキャンばかりでなく構造 M.R.Iスキャンにも現れた。ハーバード大学の精神科医であるカール・シュワルツは、2007年にケーガンが調査した子供から76人を選んでMRIスキャンした。検査をした時彼等は18歳であったが、ここで重大な発見をした。生後4ヶ月で強い反応を示した赤ちゃんは、この頃までに前頭前野皮質が弱反応グループに比べて明らかに厚くなっていたのだ。

何故、前頭前野皮質が厚くなったのか。厚くなったから不安症になったのか、不安症になったから厚くなったのか。前頭前野皮質の働きに扁桃体の活動の抑制作用がある。ハイリスクグループでは、強い扁桃体から来る信号を抑えようとして、前頭前野皮質の神細胞の結合が増えて厚くなったのか、それとも前頭前野皮質の増大が不安症発症の原因になったのか。

それを見極めるためにシュワルツは、被験者リストから対人恐怖と診断された14人を除いた。残された62人の被験者は対人恐怖を経験したことのない人達である。彼等のスキャン写真を詳細に調べると、強い反応グループと弱い反応グループの前頭前野皮質の厚さの違いは明白であった。どうも厚い前頭前野皮質が強い反応グループの不安を抑制しているように見えた。対人恐怖を発症した人達の脳では前頭前野皮質が薄かった事からも明らかである。ハイリスクグループにありながらも不安症を発症しなかった人達は、中でも一番厚い前頭前野皮質を持っていた。

そこで、このような強反応をする脳を持っている人達は、実際はどう感じているのであろうか。MRIで不安示している人達が実際不安を感じているであろうか。これを判断するのが一番難しい。

理由は不安症の人達はその不安を正確に表現できない人達であるからだ。彼等は実験している最中、もっと恐ろしかったと言った。こう言われるとパインも結論を出し難い。ケーガンによると、強反応型の気質は自身の脳から発信さるシグナルにものすごく敏感と言う。それなら彼等は自分の不安を正確につかんでいるはずであるが、実際はそうでもない。自分の脳が恐怖に敏感であると理解しているかどうかもはっきりしない。

「不安を調べるだけでは十分ではない。どのように育てられて、どのような経験をしたかによっても違ってくる。不安をちょっとした興奮に置き換える子供もいるだろう」とシュワルツは言う。

パインとシュワルツの調査は不安に対する脳の人工的反応を調べているに過ぎないと言う人もいる。ロンドン・キングスカレッジの発達心理学者であるロバート・プロミンは、「不安症には脳の神経細胞の結びつきが関与しているのは認めよう。しかし実験室の不安と日常の不安ではかなり違う。日常の不安では息を深く吸って気を落ちつかせることが出来ても、実験室ではそうは行かない。いきなり恐ろしい写真を見せられて、一瞬人より早く反応したからと言ってそれがどうと言うのだ」と彼は言う。

そこでより実際に近づけるために、パインはかなり凝った実験環境を作った。10代の若者にMRIの装置の中でコンピューターでチャットをしてもらう。一種のインターネットチャットルームであるが、世界的コミュニティーサイトであるマイスペースのニセモノでチャットをさせる。実験ではチャット相手が被験者に向かってチャットしたいか、したくないかの意思を言う。不安の強い被験者にはストレスを感じる一瞬である。この実験では対人恐怖を発症している子では大変な不安を感じていることが分かった。特にやりたくない相手がその意思を言う時、扁桃体と前頭前野皮質の活動が最高に達した。

どんなにリアリスティックな仕掛けを作っても被験者をMRIの装置の中に寝かすわけだからどうしても人工的になる。その仕掛けの中で得られた脳スキャン結果をどう理解したらよいだろうか。

脳と行動と主観の組み合わせは影響を受け易い。強反応グループの内の3分の2は不安症になっていないが、そこが大いに興味が湧くところだ。色々な環境的要因が働いているに違いない。ケーガンの最初の研究では、生まれる順番が意味を持っているように見えた。物怖じする子供には兄姉がいる場合が多かったからだ。物怖じグループでは3分の2に兄姉がいたのに対して、物怖じしないグループでは3分の1であった。面白い発見ではあるがこれを再確認出来なかった。環境因子の内、どれが影響してどれが影響していないかを判定するのは大変難しい。フォックスの調査では、強反応グループの子供でも保育園に預けられた経験のある子は、家で育てられた子に比べてかなり不安を感じない子になっていた。

どのような両親が不安な子供を育てる上でベストかは容易に解答が出ない。子供を甘やかし何でもOKと言う親がいいのか、あるいは断固として物怖じを拒否する親が良いのか。

ケーガンとフォックス等は、この問題を系統的に研究して2つの解答に行きついた。ケーガンの大学院学生であるドリーン・アーカスによると、緊張する子供には赤ちゃんが泣き始めてもすぐあやすのでなく、一定の距離を置く母親が良いと出た。もう一つの研究であるフォックスチームのアミン・ヘインの研究によれば、こわがりやすい赤ちゃんにはお母さんも一緒に恐怖を感じてやり、無理を押し付けないで協力する、そんな母親がベストと出た。この結果からも分かるようにどう接すれば良いのかのガイドラインを作るのは容易でない。

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