Magazine

鬱の新しい理論

2012年4月19日
By SIDDHARTHA MUKHERJEE
ニューヨークタイムズ
 

今まで医薬品の歴史で、緑と白のカプセルに入ったプロザックほど、歓喜を持って迎えられた薬はあまりないだろう。(カプセルにはに20mgのフルオクセチン・ハイドロクロライドを含んでいる)
1994年、エリザベス・ウォーツェルは彼女が書いた本“Prozac Nation”の中で、彼女がプロザックで超自然の経験をしたことを書いている。プロザックを服用する前は、彼女は情緒不安定で何の興味もなく、自殺を毎日考え続ける状態であったが、プロザックを服用後わずか数週間で人生は大きく変わった。「ある朝起きてみると、何時もと違っていたのです。サンフランシスコの霧が次第に消えていくように、鬱の毒気が次第に晴れていった。どうもこれはプロザックのおかげかも知れない」と述べている。

ウォーツェル同様、数百万人のアメリカ人がこの新しい抗鬱剤を歓呼の声で迎えた。プロザックがアメリカ食品薬品局に認可された翌年の1988年には、既に 2,469,000回プロザックが処方されている。2002年にはこれが33,320,000に上昇し、2008年には、抗鬱剤は全処方薬中、第三番目にランクされている。ところが、2012年にはこれほど歓喜で迎えられた抗鬱剤の評判が下がり始め、誇大宣伝だ、処方のし過ぎだ、アメリカの薬物文化の一端だと批判され始めた。

心理学者のアービング・カーシュは、抗鬱剤は砂糖菓子程度で臨床的効果は作り話だと手厳しく批判した。1990年代のプロザック歓喜を代表する本が、ピーター・クラマーの「プロザックに聞け」であるとすれば、2000年代のプロザックを批判する本は、デービッド・ヒーリーの「プロザックを喰え」であろう。その中で彼は製薬会社と医者の不健全な関係を指摘していた。

実際、抗鬱剤の作用理論ははっきりしない。ニューロンと呼ばれる神経細胞は、互いに神経伝達物質と呼ばれる化学物質を放出して交信している。神経伝達物質には各種あり、セロトニン、ドーパミン、ノルエピネフィリン等が主だったものだ。過去数十年の間、抗鬱効果はセロトニンのレベルを上げることで得られるとされていた。鬱状態の脳では神経伝達物質のバランスに問題があり、セロトニンのシグナルが弱いとしている。プロザックやパクシルは、セロトニンのレベルを上げて細胞間の交信を向上させるわけである。

しかし、この理論は最近大変批判されていて”The New York Review of Books”の中で、前のニューイングランド・オブ・メディシンの編集者であるマーシャ・エンジェルは、「過去数十年もケミカル・バランス不全理論を証明しようと研究者は努力をしてきたが、結局証明できなかった」と述べている。

ジョナサン・ロッテンバーグは”Psychology Today”で「鬱病が低レベルのセロトニンにより起こるとしたのは一種の研究者のバクチで成功しなかった。もっとも科学の新理論は仮説で始まるもので、間違っていれば自ずと修正する」と言っている。一体、鬱病セロトニン説はもうおしまいなのであろうか。我々の40年間のセロトニン研究は無駄であったのか。

科学は自己修正する。しかし時々修正が激しくて、残しておくべき理論まで破棄してしまうことがある。最近の研究によれば、セロトニンはやはり我々の気分をコントロールする重要な要素だとしている。ただ、そのメカニズムがより繊細で意外であった。プロザック、パクシル、ゾロフト等はもう奇跡の薬として復活することはできないであろうが、この薬のおかげで我々は鬱の本質により近づくことができた。

鬱と神経伝達物質との関連性の発見は、20世紀の中ごろにさかのぼる。1951年の秋、ニューヨーク州スタテン島の病院で、結核を治療していた医師等が不思議な光景を目撃した。患者に新しい薬であるアイソニアジッドを処方したところ、患者の気分が突然変化したのだ。普段は静かで重苦しい雰囲気の病棟が、先週は一変していたと新聞記者が報告している。食堂では患者が冗談をとばしながら食事をしている。食欲が増えて、朝食に卵を5個も食べる人もいた。ライフのカメラマンは、患者がトランプをしたりダンスをしている写真を撮っている。

この幸せな光景が展開している一方、南に数百キロ離れたデューク病院ではその反対が起きていた。1954年、28歳の女性が血圧を下げるためにローディキシンの処方を受けていたが、彼女は、泣きが止まらない、だるい、無気力等を訴えはじめた。その数ヶ月後には訴えは敵意に変化していた。同じローディキシンを飲む別の42歳になる女性は、「悔い改めないならば貴方の頭は狂う」と神に驚かされたと訴えた。別の病院では、実際自殺を試みる患者が出始めた。病院では手に負えなくなり、精神科に連れて行き、電気ショックを与える始末であった。精神科の医師、薬剤師は、なぜ結核治療の薬が気分にこれほど影響を与えたのかに注目した。

20世紀の初めころから、脳の神経細胞が、どのように互いに情報を交換するのか研究が開始されていた。1960年代の後半には、情報伝達はセロトニンを含む神経伝達物質により行われていると考えられるようになっていた。すると、アイソニアジッドやローディキシンは、脳内の神経伝達物質のレベルを変化させたのであろうか。その通りで、ローディキシンはセロトニンのレベルを劇的に下げ、アイソニアジッドはセロトニンのレベルを上げていた。
1 2 3 4 5 6 7