鬱の新しい理論 7

この新しい理論も未だ、鬱を説明する統合理論になっていない。鬱は複雑で、起こす原因も症状も多岐にわたっている。重症の鬱病患者のみが抗鬱剤に反応して。軽度の鬱病患者は反応しない。この抗鬱剤に対する反応の違いは、生物学的違いから来ているのか。あるいはセロトニン以外の神経伝達物質が関与しているのか。それとも神経伝達物質以外の原因から脳に変化がおきているのか。

パーキンソン病も鬱を発症するが、この場合セロトニンは関係ない。産後の鬱では神経伝達物質とか神経細胞の死を予測することすら難しい。カウンセリングはある人には有効でも他の人にはまったく効かない。抗鬱剤とカウンセリングを同時にするほうが単独より効果が出ると言う。カウンセリングが脳に作用して細胞を再生するとは考えにくいが、神経細胞の死の衝撃を軽減しているのかも知れない。

神経細胞の再生と気分の改善、行動の改善がどのような関係なのか。多分プロザックのような抗鬱剤は、脳の行動にかかわる回路に変化を与えるのであろう。特に海馬は記憶の中枢であり、学習した行動を記憶として保存しているから、ここに変化を与えれば影響は大きい。
ドロシーは睡眠が改善し、皮膚をかきむしらなくなったが、この行動の変化が先で気分の改善は後であろうか。するとドロシーは彼女自身の偽薬で改善したと考えるべきか。脳が最初に鬱の行動を指令し、次に気分として鬱になるのか。あるいは行動と気分は同時であるか。このように考えると、もはや精神医学を超えて、脳の組織、構成の問題へと移る。

科学歴史家であるジョーン・グリビンが過って言ったように、枢要な科学の発見は技術の革新によりもたらされている。望遠鏡は地球が太陽の周りを回っていると証明したし、顕微鏡が細胞を発見し病気の治療へと導いている。
我々は神経伝達物質を調べ、電極で脳を刺激して病気の原因に迫っているが、未だ鬱の原因を知るには十分ではない。この鬱の新しい理論が新しい抗鬱剤の発見につながるのか。もし新しい抗鬱剤が登場したなら、プロザックやパクシルは時代遅れになるだろう。しかしどのような治療法が登場しようとも、医学はセロトニン理論に多くを負っているのを忘れてはならない。
プロザックをはじめとする抗鬱剤は、技術的進歩であって鬱病の本質に迫っているわけではない。しかしプロザックのおかげで、鬱と脳の仕組みの理解が今一歩前進した。
1 2 3 4 5 6 7