鬱の新しい理論 3

鬱も心臓発作のように、最終的にセロトニンのバランスが狂って発病するのであろうか。確かに神経組織にもそのような現象が見られる。例えば恐怖の場合、恐怖を起こす原因は熊とかクモとか飛行機搭乗とか色々あるが、結果としてアドレナリン等のホルモンの連鎖反応で恐怖がおきる。それでも鬱セロトニン不足説には無理があり、それを証明するには、鬱病患者の脳でセロトニンが低いのを証明するか、その代謝生産物の量が少ないことを証明しないとならない。

1975年のある報告では、亡くなった鬱病患者の脳では、健康な人よりセロトニンのレベルが低いと発表された。しかし1987年にスカンジナビアで行われた同じようなテストでは、逆に鬱状態の脳ではセロトニンのレベルが高いと発表された。この時には測定機器が進歩しているから、前回より正確に結果が出ているはずだ。さらにその後も検査は行われたが、その度に高く出たり、低く出たりして混迷を深めた。

この逆のテストをしたらどうなのか。1994年にモントリオールのマックギール大学で、男性にセロトニンのレベルを下げる薬を処方して様子を見たところ、何も変化は見られなかった。一見、この結果からセロトニンは感情には関係がないと思いそうだが、重要な事実が浮かんできた。セロトニンのレベルの低下は、健康な人では何も影響が現れなかったが、家族に鬱状態の人がいる場合、はっきりと感情の低下が見られた。1990年にイェール大学で行われた同じような実験では、さらに驚くべき事実が分かった。鬱状態の患者で、既にプロザックを飲んで改善に向かっている場合、セロトニン低下は激しい心の落ち込みを誘発させた。

もし患者の心がセロトニンに関係がないなら、どうしてセロトニンの低下が患者の心を急激に落ち込ませたのであろうか。自殺念慮のある人にだけセロトニン低下は影響するとの報告もある。自殺念慮とは鬱状態の激しい形態であろうか。それとも感情障害に属するが、独立した障害であろうか。もしそうなら鬱病と言っても多種類の感情障害からなるグループということになる。その多種類の感情障害が、セロトニンに反応したり反応しなかったりするのであろうか。

まだ、プロザックがどのように作用するかは説明出来ないが、効果は判定出来る。1980年代の後半に、プロザックの鬱に対する効果が検証された。プロザックを投与されたある患者では、不安の質が変わったり、罪の意識の軽減したり、自殺念慮が消失したりと臨床的に意味のある変化もあったが、変化がほとんどない患者もいた。結局、74%の人が主観的に良くなったと表現しただけであった。

1997年には、現在はハーバード医科大学の心理学者であるアービング・カーシュが、鬱と偽薬効果について検証してみた。偽薬は期待する心が気分に大いに作用するから時々かなり効果を発揮する。あるいは鬱状態の心そのものが偽薬効果を誘発する可能性がある。
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